相手をしてやろう。
日本では中村紘子のようなコンクール上がりのマシンガンハートのピアニストが
受けていたようだが、フジ子は年齢の為にテク上は弾けなくなっている所があるとはいえ、
音質、フレーズの歌い回しには真の芸術家のハートがこもっている。
当方は某ある音大を出ているので、巷のピアニストが無傷でカンパネラなんぞを
弾きまくることは承知しているが、ピアニストは書いてある音をなるべく早く弾くために
ピアノを弾くべきではないし、コンクール後遺症をひきずって勝負を競ったハートで、かりかりした
演奏をするべきでもない。
日本には立派な経歴をひっさげたマシンガンピアニストが多すぎて、あきれるわ。
フジ子の偉大さは、私生活同様、こうと思ったら正直に何でもいうように、彼女の
思っているこころが何でも演奏に出てくるところだ。
今更30代でもない老ピアニストに、何を期待して演奏会に行くんだ、このヘタレ!
巨匠の演奏と言うのは、てめえが思うようなビニールパックに入った刺身セットを
思わせるようなものではない。
においがしたり、人間らしい息使いがしたり、時にはくさった魚のようなにおいがしても、
高尚に感じさせる演奏を言うんだよ。たわけがあ。

演奏会で暗譜を忘れようが、ミスをしようが、年のフジ子にテク面で期待していくのは
間違っている。それならいくらでも他に達者なピアニストがいる。
例えば俺だ。
晩年のホロヴィッツが「壊れた骨董品」と酷評されたが、壊れた骨董品を聞いても、
こころある人間には、偉大な老賢人の演奏が聞こえたはずだ。
ごらぁあああああああ!
てめえには何も聞こえず、くだらん放送局騒動しか見えんのかああああああああ!