毎日楽器を触っている人の譜面=鳴る、ということ?

もちろん、シューマンの楽器が、まずピアノだったことに間違いはないだろうし、そのうえでピアノの
書法が弦楽器の書法よりも楽器を熟知したものであるのは当然だろうけれど、それがシューマンの
音楽を考える上で大きな問題になるような違いとはやはり思わないなあ。

つまり、もしそういう違いがあったとしても、それよりも両者に共通する「作為的な筆致」、というのか
「非伝統的な書法」というのか、まあ「創意工夫癖」とでもいうものの方が重要だと思う、ってことかな。

で、>>468だけど、完全に捉え違いだと思う。個人的には、もういい加減シューマンを「狂気」という
キーワードで捉えるのは止めて欲しいと思いますです。シューマンは最後の最後まで少なくとも
音楽の上では狂気に陥ったことはないと思う。あまりに先取的なコンセプトが理解されず、狂気が
反映しているとかいうことにされちゃっただけだと思うけど。ベートーヴェンのOp135みたいなものなん
じゃないすかね? もちろんヴァイオリンソナタやチェロ協奏曲のどこにも狂気なんて感じないすよ。