>>508
いやあ、シューマンの曲って、ピアノとそれ以外(具体的には弦、管は知らない)とは
演奏に際して違うんじゃないですか。簡単な話、バッハとモーツアルトは楽器が
鳴るように曲が書かれているけど、シューマンの弦は通常の鳴るという書き方と
異なるでしょう。人為的に(という言葉が相応しいかわからないが)、シューマンの
魂を読み取って、再構成する必要がある。読み取るものを、憂鬱だけと捉えるかは
ともかく。謝肉祭とピアノ三重奏とは、他の作曲家における曲種の違い以上の
違いがある。楽器の違いを越えどっちもシューマン、いつもシューマン、という部分が。
他の作曲家は、楽器はさておかない、と思うのです。

その意味で、バッハでいうならフーガの技法と比較するのは何となくわかります。