初稿の作曲が終わった年で言えば、 
1番…1841年2月
2番…1846年
3番…1850年
4番…1841年11月

なので、作曲順で言えば1、4、2、3の順。
4番は初演(1841年12月)のあともどうやら作曲者自身が納得していなかったため出版されず、
結局は1851年に改訂してから初めて出版された。
出版が2番、3番よりあとだったために4番と呼ばれているだけだったりする。

参考までに言えば、4番の初稿(1841年版)でアーノンクールやガーディナーが録音してたりもする。

NHK音楽祭にシューマンが入ってないのは、
一般的な認知(番号が一番あとなんだから4番が最後の交響曲だろうと言う思い違い)と、
厳密な意味での最後の交響曲(作曲年代が一番最後なのは3番という実態)もあるのかも。

単純に人気がないから…とは決して考えませんとも、ええ。・゚・(ノД`)・゚・