フランスで活動した作曲家、L.デュレ(1888-1979)、オネゲル(スイス国籍)
ミヨー、唯一の女性、G.タイユフェール(1892−1983)
プーランク、オーリックから成る。フランスの音楽評論家H.コレの
命名(1920年)によるもので、自ら名乗ったグループ名ではない。
 6名は早くから作品発表の場に名を連ね、オーリックらと親交のあった
作曲家サティが、その後見人を引き受ける。また、スポークスマン役を買って出たのが、
バレエ、パラード(1917年初演)でサティーに協力した詩人コクトーだった。
簡潔で明快なサティーの音楽を称え反ロマン主義、反印象主義を唱えたコクトーの芸術論、
{雄鶏とアルルカン}は、このグループの声明文とも見なされた。
 しかし、メンバーの資質も音楽観も各人各様で、コクトーの美学とは
必ずしも一致しない。デュレをのぞく5名が参加したバレエ音楽
エッフェル塔の花嫁花婿(1921年、台本コクトー)を残して
グループは自然解消し、その後はそれぞれの道へと歩んでいった。

みなさん6人組について語りましょう!!