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オーストリアという「公国」はあった。

アントニオ・サリエリは北イタリアの小都市レニャーゴ出身だが、
当時そのあたりはハプスブルク家の支配下にあった。
そこでウィーンにおいては、サリエリは生まれながらにハプスブルクの臣民、
一方モーツァルトは外様、という一種の逆転もあった。