彼は、その日は泣いて帰りましたが、
翌日の練習では何も無かったかのような顔で席についておりました。
蛙の面にションベンで、宇宿先生より一枚上手だったかな。
聞くところによりますと、中川良平先生をはじめ幾多の名奏者を輩出した
京都市立上京中学ブラバンで、坊主頭の宇宿少年(当時は旧姓だったはず)は、
下級生から「オニ」と恐れられていたそうです。