音程というものをきちんと取れるってのが大切なだけで、正確に響きを
構成できるっていうことに肝があるんだよね。
たとえばCdurの主和音をだすとして、自分が属音をだすとする。
そのときに、自分がきちんと協和する属音を出せるかどうかってことが
肝心なわけで、その時の演奏に必要な音を正確に取れないなら、音感もってても
持ち腐れというか、無意味なんだよね。