ケーゲルをヒューマニストにしたいんだな、ここの連中は。
それならワルターみたいなヒューマニストと
ノーノやデッサウを振りたがるヒューマニストの違いを、
ちょっと説明してもらいたい。
それからケーゲルの演奏は即物主義的な場合が多いと思うが、それとヒューマニズムの関係、
第九の終楽章を振りたくないヒューマニストがどういうヒューマニストなのかも説明してもらいたい。
そのへんをクリアしてもらわないと
ヒューマニズムも猟奇も、批評の言葉としてどっちもどっちとしか思えません。