>>263
要するに程度問題なんですよ。

演奏習慣上、歌曲には任意の移調がありうるということになっているわけです。
だからソプラノの歌をメゾが歌うことも「許されている」。これは「習慣」だから、
作るほうもそのつもりでいる。
こういう習慣が成立したのはもちろん声楽にピッチ固定の必然がないことが前提
だったわけですが。

一方、器楽との共同の要素の強いオペラでは、そんなことはないわけで。
ソプラノのためのアリアは絶対にソプラノ歌手が歌うんで、間違っても
アルト歌手は歌わない。

単にそういう習慣になっている、というだけのことです。
習慣だから、作曲者も歌手も聴き手も,みなそのつもりでいる。
そのなかで伴奏者だけがむやみにピッチにこだわりすぎるとすれば、
あまり得策ではないのではないかと。