>>939
>言葉に表現を収斂させるところなど近いものがある。

そう、そう。
ルネがとても重要視しているのは、
recitar cantando(レチタール・カンタンド「歌いつつ語ること」)で、
これは彼のインタビュー記事や、彼自身が書いた文章に繰り返しあらわれる、キーワード。
最近出たラインハルト・カイザー作曲のオペラ「クロイソス」の解説でも、彼自身、

「すなわちレチタティーヴォは歌われるのではなく――それは古典期までのオペラ上演において
なされる最大の過ちである――、『人工的に語られる』のである。『人工的な語り』とは、
作曲家の記したリズムとメロディーの音価・音高を意識しながら、同時に歌手が自発的に
喋っているかのように自由に語ることである。オペラのレチタティーヴォが『自然に』
感じられるとすれば、それはこうすることによってしかありえない。レチタティーヴォが
しばしば「不自然に」感じられるのは、それが『語られ』ず、『歌われる』ためである」

と書いてます。(国内盤の城所孝吉氏による訳の抜粋)
この、言葉へのこだわり、不思議なくらいに同郷のヘレと共通してますよね。

もしかして、小さい頃に所属していた合唱団で、同じ指導者の感化を受け、その指導者が
たまたま言葉をとても大切にする人だったとか・・・
それとも、フラマン語という少数言語を使う地域で生まれたことが、
なにか影響しているのか・・・ (考えすぎかな?)