没後20年!ベームを再び語るスレ
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0001名無しの笛の踊り
NGNG旧スレ
http://piza2.2ch.net/classical/kako/999/999345865.html
最新譜のミュンヘンの78年「フィデリオ」は、最晩年にしては
なかなか推進力のある名演。
近々来日公演(どれかは不明)の録音も発売予定とのこと。
このスレの命もいつまでかわかりませんが、
マターリ語り合いましょう。
0655バラク
NGNGDGでVPOと残したシューベルトの5番は、最晩年ということで統率力の低下があり
ます。しかし、全編に漂う慈しむような音づくりが大変魅力的な、良い
演奏です。完成度としてはBPOとのものを上におきますが、この演奏には捨てが
たい味があります。導入部の繊細な表現はいつ聴いても心が和みます。
VPOとの「英雄の生涯」(DG)は最高の演奏ではありませんが、良い演奏で
はあると思います。気力の退行はあっても、大変透明な表現ではないでしょ
うか。名演とされるドレスデンとの演奏よりは、オーケストラの技量を含めて、
こちらを気にいっています。
ユニテルとの「エレクトラ」は、彼の最後の録音となったもので、死の
2月前に録音が完了しました。病院から録音に通っていたという演奏です。
演奏自体はドレスデンとの旧録、一部正規盤で聴けるウィーン国立歌劇場で
のライヴの方が、室内学的なアンサンブルは上です。しかし、新盤では、
より美しく、ダイナミックレンジの巨大な気迫のこもった表現がきかれます。
もちろん、彼の衰弱ぶりを考えると、オーケストラの貢献が多大なのは言う
までもないですが、演奏がよければどちらでもいい事です。
0656名無しの苗の踊り
NGNG何年か前に一度ライブも聴いてみようと思って、宇野の「第9」を聴きに行ったことが
あるのです。で、そのすぐ後に友人の演奏会の切符をもらって三石精一さんが指揮する
アマ桶の演奏会を聴いたのです。
二つの演奏会を聴いた後の正直な感想としては、やっぱりプロって大したものだな、って
ことでした。三石さんはいわば中堅どころで、人気のある人では決してないけれど。
でも、巨匠になったつもりのアマチュアとは次元が違うと思った。
例えば、野球選手の携帯模写がすごくうまい人がいたとする。イチローとかローズのバッティング
フォームのものまね。ただその人がプロの打席に立って、実際にヒットがうてるかどうかは
全く別の問題。
まあ、オケの演奏会の場合はオケがある程度カバーしてくれるんだろうけど。
0657名無しの苗の踊り
NGNG何年か前のレコ芸で、亡くなる前のグルダのインタビュー記事が出てた。
その中で、共演した指揮者としてアバド、アーノンクール、ベームに関する話が
出てた。自分にとって意外だったのは、ベームを高く買っていたこと。
細部の記憶は曖昧だが、「ベームとの共演にはいつも興奮させられた。
こちらもよほど気合いを入れてやらないと、あのよぼよぼの老人の気迫に圧倒
されてしまった」というようなことを言っていた。
0658名無しの笛の踊り
NGNG宇野信者は今日中に切腹しろ!
0659名無しの笛の踊り
NGNG0660バラク
NGNGあの第九は好きではありませんが。似たような話では、バックハウスとベーム
のブラームスの第2のデッカでの録音の時は、逆にバックハウスの気迫にVPO
が押されてしまったそうです。それを感じたベームは、「君たち、いったい
何をやっているんだ!」とVPOの尻を叩いて、あの録音が完成したとのことで
す。NHK-FMで、録音に立ち会ったという音楽評論家が言っていました。
0661名無しの笛の踊り
NGNG彼の名前を生前は知らなかったです。
高校の図書館にあった新聞の縮刷版で死亡記事をチェックしてみたけど、
朝日、毎日は社会面の左の方に五段抜きくらい、読売は一面の下の方に二段くらいの記事。
かなり大きな扱いでしたね。
今読み直すと、「モーツァルトの権威」「ウィーンの香り」など皮相だけど。
0662名無しの笛の踊り
NGNGベルク「ヴォツエック」(DG、ザルツ・ライヴ裏青盤)、「ルル」(DG)、「ぶどう酒」(未発売)、
シェーンベルクの「ペレアス」(DG)、ウェーベルンのパッサカリア(海賊CD)
などなど、皆さんの御意見をお聞かせください。
私はけっこう好きで、たまに取り出して聴きます。
0663アンドレアス
NGNGからベームに献呈されたという。録音があるのですか?
ヴォツエックはよく聴きます。DFDも凄いけど、ヴンダーリッヒ
がすばらしい。ベームの指揮は緻密で見事な指揮。殺人後の金管の
クレッシェンドが凄い。
0664名無しの笛の踊り
NGNG猿みたいな蕪ラボーと拍手も激萎え。知性の欠片も無いロックフェティバル。
0665名無しの笛の踊り
NGNG0666666
NGNG0667バラク
NGNG的耽美主義とは無縁ですな。彼がやると、錯綜した声部の一つ一つが明確で、
それらが一体となる古典音楽のようにに聞こえることがあります。彼のシュトラウスの
延長のような響きですね。本来、作品が要求する響きとはちと違うのかもしれ
ませんが、ああいう精妙なアプローチは、スコアが複雑なだけに説得力があります。
だいたい、複雑なスコアになればなるほど、指揮者としての力の差が出てくるもの
で、たぶん、バーンスタインあたりは「ヴォツエック」をきちんと振れないんじゃ
ないかな。はるかにスコアが単純なマーラーでさえ、アンサンブルがめちゃくちゃだし。
まあ、よく思うのですが、ブルックナーやブラームスを指揮するのはオー
ケストラさえ曲を知っていれば誰でもできるでしょう。例えば宇野みたいにね。
しかし、ベルクのオペラを見事に指揮するのは、そんじょそこらの俄巨匠にはできま
せんな。そういった意味で、近年のベームの低評価というのは、彼が晩年、あまり考えず
に録音を濫発した反動もあると思いますが、それよりも大多数のリスナーの耳が、彼の
真骨頂である分野を理解するまでにいたっていない、ということではないですかね。
0668名無しの笛の踊り
NGNGそうなんだけど、惜しむらくはドイッチェオーパーの桶がねぇ・・・
0669名無しの笛の踊り
NGNGええっ? 偏見があるのでは?
あの演奏はオケもまた魅力だと思うよ。
あの時期のDOBのオケには、BPOが失いつつあった
味わいがまだ存在していたと思うよ。
0670名無しの笛の踊り
NGNGバックハウスとのブラームス、そういう裏話があった
とは知らなかった。
バックハウスは盛りを過ぎた感じで、ベーム指揮の
オケの立派さが印象に残っていたけど。
0671バラク
NGNGマーラー風の間奏曲では、細部にいたるまで力のこもった表現ながら、
やはりオーケストラの個レベルの力量にやや足りないものを感じることがあり
ます。例えば、音色の美感の不足、ピッチの若干の不正確さなどですね。
その一方で、あの演奏では、ドイツの古いオーケストラに感じられる
くすんだような響きが味わいとなっています。あの当時、BPOはカラヤンのせいで
響きが無国籍化していたので、たとえベームが振っても、あれとは少し違う響き
になったのではないでしょうか。それに、私は魔笛の「オペラティックでない
鈍い」、逆にいえばシンフォニックなオケにやや不満なので、BPOよりは
ベルリン・ドイツ・オペラでよかったと思います。もちろん、VPOが最良の
選択でしょうが、VPOは、良い意味でも悪い意味でもベームの特質を中和す
る方向にいく傾向があるので、それが絶対的にいいかというとどうか。もちろ
ん、録音が残されていれば喜んで聴いているでしょうけど。しかし、
ベームを裸で聴けるという意味で、ベルリン・ドイツ・オペラはというのは、
結果的に良い選択だったんじゃないかと思います。あの当時のシュターツカ
ペレは金管の力量がさらに落ちますし。
0672名無しの笛の踊り
NGNGベルリン・ドイツオペラのオケというのは戦前からの伝統的要素は希薄なオケだと
思うよ。このハウス自体、戦後の創設だしね。無性的なところがかなりあるという
のがボクの印象だけど。その点、放送(RIAS)交響楽団(その後のベルリンドイツ響)
と印象は似ている。東側のシュターツオーパーのオケは当時は(現在は幾分改善さ
れたが)下手なオケだ。必ずしも悪い意味ではないけどね。ただ、鈍重なくせに
わりと適応力はあった。
ベームのヴォツェックで言えば、やはり当時の公演でベームがかなり厳しいリハーサル
をつけていたはずだから、録音ともなればベルリンドイツオペラのオケと入れたほうが
よかったのだろう。BPOともなればリハーサルを最初からやり直す必要もあっただ
ろうしね。それにBPOとだったらベームの要求も一段高いものになって、結果とし
ては劇場的要素が失われたかもしれない。
0673669
NGNG言ってることはわかるつもりだし、卓見だと思う。
ただし、「伝統的要素(戦前からの連続性など)」の有無と
「味わい」のそれとは、同一概念で語れるものではないよね。
さらに、何を以って無性的とするかは、何を「性」と感じるかによる。
0674名無しの笛の踊り
NGNG聞き比べてみると、ブレーズ盤の方がはるかにおもしろい。
ソニーの変な録音のおかげ?
0675みゆ
NGNGブーレーズがパリ・オペラ座を振ったストラヴィンスキーの「結婚」は
かなり変な録音ですけどね。オリジナルが悪すぎるから仕方ないのかもしれないけど。
0676電ボ子
NGNG3から4楽章に入る際のすごい緊張は、ながらで聴いていた私を虜にしました。
残念ながらその当時出ていたLPはその緊張が微塵もなく、平凡な演奏でした。
あのライブがCD化されることを切に望んでいます。
0677バラク
NGNGすばらしいけど、録音が鮮明かつ自然。あまり指摘されませんが、あの当時のDG
の録音技術は相当なものだったことを再認識しました。ところで、DOBのオーケス
トラの音について。私は古いドイツのオーケストラの音だと思っていましたが、聴
き直してみると、たしかに、比較的無性的という意見もうなずけるものもあります。
一つは、ベームっていうのは、一般にはドイツ的な古風な音を出す典型のように思
われていて、実際、BPOとの演奏などを聴くと、時々そう感ずることがあるのだけど、
これはなんでもかんでもレガートで無国籍化してしまうカラヤンが比較対象になって
いるせいで、実はベームは相当、近代的な感覚を持っていたということですな。DGの
ツアラトウストラなんか聴くと、あのフルトヴェングラーの死の直後のBPOだという
のに、粗いながらもかなりモダンな響きがしているし。そういうベームの指揮も
あって、DOBのオケのここでの奏法は、あの時代のドイツのオケとしてはかなりモ
ダンなもの、といってもよいかもしれない。ただ、弦なんかは伸びやかというより
は、むしろ目が詰まっているし、トロンボーンやチューバの音色などは洗練されて
いるとはいいにくいので、やっぱりドイツのオーケストラの音ではあるな、という
ことは思いました。今回気がついたのは、ここでのオーケストラの音は、ベームの
バイロイトでの実況録音(特に指輪)と大変よく似ている、ということでした。当
時のバイロイトのオーケストラには、かなりの割合をDOBの団員が占めていたんで
はないですかね。
0678名無しの苗の踊り
NGNGバイエルンRSOとのウェーベルン・パッサカリア、萌え〜!
ベームの今世紀の音楽の録音はもっと発掘されるべき。
今度、シュトゥッツガルトでのモーツアルトとのカップリングで
ベートーベンのP協4が出るみたいだけど、同じ日に貧でミットの
「ウェーバーの主題による交響的変容」が演奏されている。
そっちの方を出してくれ!
0679>>664
NGNGベームだけじゃなくて、ヴァントでも浅非奈でも似たようなもんだろ。
0680名無しの苗の踊り
NGNG>もちろん、VPOが最良の選択でしょうが、
そうかなあ?71年のザルツブルグのライブを青裏で聴いたが、ブラームスの
ような重くて分厚い響きになっていて、ちょっと違うんじゃないかと思った。
DOBの方が良いと思ったよ。もっとむかしのVPOを聴けば考え変わるかもしれないが。
メトでのライブも聴いてみたい。山崎浩太郎によると、メトでのライブがテープで
買えるようだが、誰か聴いた人いる?
0681名無しの笛の踊り
NGNG初日は空席が目立ったそうだ。今となっては信じられない話。
が、評判が評判を呼び、最終日は満席だったとのこと。
このオペラがメジャーになったのは、ベームの功績も大きい。
0682名無しの苗の踊り
NGNG青裏CDの記載を良く見たら、この演奏は72年の方でした。
DOBと比べると、やっぱり落つるというのが正直な感想です。
DOB盤でのベームは明らかにやる気になっていて、ライブよりもライブらしく
なっています。あとは歌手陣が素晴らしい。特に、傍役のシュトルツェ、コーンの
性格描写が凄い。ちょっとやり過ぎと思う人もいるかもしれないが。
ベームの70年代は、コンサートでは名演をたくさん残したが、オペラのライブでは
良いのが少なくなった、というのが正直な感想です。
0683名無しの苗の踊り
NGNGVPOは音の立ち上がりに鋭さが無いというか、、、それにもっと乾いて殺伐とした
音を出して欲しい。
既出のストラビンスキーの火の鶏の場合は、ある種の魅力になってたんだが、、、
0684名無しの笛の踊り
NGNGウィーンフィルとベルクの違和感?
ベルクこそウィーンフィルと思っていたけど。
ベルクじゃないけど、アバド指揮のヴェーベルンなんか
素晴らしいと思うけどね。
0685バラク
NGNG684の方が言うように、ベルクの音楽にVPOが合うのはそう異論はないでしょう。ベルクはマーラーの影響がモロですし。
しかし、ベームの「ヴォツエック」での音楽的指向は、曲に込められた世紀末的頽廃を積極的に表現するものでは
ないので、ベームが求める表現(明晰な各声部、凝集した響き)を達成するには、別にVPOである必要はない、というこ
とはあるでしょう。それに基本的にアタッカが柔らかいVPOの音はベームの筋肉質な特性を中和する、ということもあっ
て、DOBの方がよりベームらしさが出たということでしょうか。前も書いたように、VPOがオペラのオーケストラとしては最
良の選択(声楽的なフレーズ処理のうまさ、歌手との呼吸、音色の美しさという点)だとは思いますが、ベームとの競演と
なると、曲によってはVPOの音作りがマイナスに働くことがあるのは、ベームファンなら御存じの通りだと思います。
0686683
NGNGう〜〜ん。とにかく、72年のライブ青裏を聴いてみてくれ、としか言えんが。
昔、アバドのヴォツェックのライブ(確かウィーン国立歌劇場だったと思う)を
聴いた時はそれ程抵抗なかった。ウィーンフィルが無国籍化したせいと思うが。
0687名無しの笛の踊り
NGNG今年1年の仕事も終わり、久しぶりに新宿の塔に行ったが、嫌なものを見てしまった。
Archipelから最近出たブルックナー7番を「初出」と仰々しく売っているのは
まだしも、Preiser盤との比較まで書いて売り出している。
本当に二つを聴き比べて書いたのか?
ともあれ、買って帰ったバルトリのグルックのオペラアリア集がとても良かったので、
機嫌が直る。
久しぶりにベームの「イフィゲニー」でも聴いてみっか。
0688名無しの苗の踊り
NGNGちょっと違うケースだが、昔フルベンの贋物をつかまされたことがあったな。
ベト2はクライバー父のSP、8番はクリュイタンスのLP(わざと音質を悪化させた)の転用
だった。しかもフィリップ○というメジャーレーベル(8番はフォンタナ)から出てた。
お〜い、フィリップ○! おとしまえつけたのか?
最近みんないないな。コーホースレにはまるのもほどほどにしとけよ。
0689妖怪人間
NGNG今夜はみんな朝比奈スレにお通夜に行ってるんだよ。
0690妖怪人間
NGNGシェーンベルクの「ペレアス」ですが、私はベームの演奏は買いません。
こういう後期ロマン派特にポスト・マーラー的な音楽はベームの音楽と水と油のように思います。
バルビローリ盤も持ってますが、こっちの方がずっと良いと思います。
既出のベルクのヴォツェックやヒンデミットの場合は、自分にはマーラー的世界とは
また別の音楽のように思え、ベームにはぴったりだと思います。
0691名無しの笛の踊り
NGNGベルクがマーラー的世界とはまた別の音楽?
まあ確かにべームはマーラーの交響曲はやってないね。
ヒンデミットは得意そうだけど、レコードがないのが残念。画家マティスとか
『無限』とかやってくれりゃ良かったのに。
0692バラク
NGNGベルクはポスト・マーラー的でしょう。近年、バーンスタインのせいで、マーラー
がグロテスクにロマンティックになっているけど、マーラーの晩年の筆致
などはかなりベルクに近いんじゃないかと思う。時代が違うから、シェーン
ベルクの初期ほどじゃないけど、音楽的には影響は強いと思うよ。ベームの
ベルクはマーラー風じゃないし、むしろ古典的と言っていいけど、だからと
いってベルクがマーラーの影響を受けていないわけじゃない。むしろ、強い
影響下にあると思う。
ベームがマーラーと水と油なのは同意する。なぜだろうね?ロマンティック
な指揮をしないというのは一つの説明だろうけど、その一方で、同じく客観
主義的なクレンペラーなんかは、マーラーでこれ以上ない、という演奏をす
ることがあるのにね。個人的な意見ですが、ベームという指揮者は、基本的
に楽譜の背景を想像する力が欠落していたか、全く関心がなかったんんじゃ
ないですかね。例えば、ベームは「大地の歌」の寂寥感などは想像もしない
だろうし、10番に漂う絶望感などは、理解もできなかったんじゃないかな。
だからといって、ベームが劣る指揮者だということじゃない。官能的でない
「トリスタン」も、退廃的でない「ばらの騎士」も、死の匂いがしない「サ
ロメ」もあれだけ説得力があるんだからね。ただ、マーラーには、楽譜の行間
を読むような想像力が普通の曲よりも必要だということではないですかね。
オーケストレーション、お世辞にも上手いと言える曲が少ないのも、楽譜に
密着して事をすすめるベームには合わなかったのかもしれない。
ベームはヒンデミットを沢山やっていたし、シェーンベルクの「モーゼと
アロン」なども上演していましたね。
0693妖怪人間
NGNG私が690で言ったのはあくまでヴォツェック限定です。
音楽史的なことは無学なので、良く知りません。
他の作品もまじめに聴いていません。
でも、ヴォツェックからマーラーの響きの名残りが聴こえてきたことは、
わたしにはありませんでした。
ヒンデミットの木管とハープの為の協奏曲が七海からCDで出ていましたね。
70年、ルツェルンでのライブ。
ベーム&VPOの一見素っ気無い演奏と、ヒンデミットの乾いた音楽がマッチして
良い演奏だと思います。
50年代後半には画家マチスのウィーン初演を振ってますね。
演奏ぶりにも興味ありますが、あの時代にどういう演出でやったのか(ナチとの
関連など)とても興味あります。いつかはCDで出して欲しいところです。
0694名無しの笛の踊り
NGNG0695妖怪人間
NGNG不思議なことですが、マーラーはオペラを作曲しませんでしたね。
もし作曲していれば、ベームはきっと取り上げていたでしょう。
まあ、歌曲集の伴奏指揮はありますが、当たり障りのない演奏に聴こえます。
アルゼンチンでは大地の歌を指揮したようですが、想像するだに怖いです。
マーラー、ベルク達とVPOが合うかどうかが問題になっていますが、
私の耳にはマーラーとVPOが合うようには聴こえないです。
クレンペラーがヘイワースとの対話で、VPOがマーラーの音楽に対してある種の反感を持って
いると感じたと述べています(恐らく68年に客演して9番を指揮した時のこと)。
バーンスタインも60年代には、随分苦労してVPOとマーラーをやっていたようですね。
VPOがマーラーを演奏すると、変な味がついたマーラーに聴こえます。
京都の人が無理に東言(あずまことば)を喋っているみたいというか、マーラーは辺境から出たある種
「下品」な音楽なのでVPO(少なくとも昔のVPO)は無理してやってたんじゃないかな。
個人的には、ホーレンシュタイン、クレンペラー、ショルティ達がイギリスやアメリカのオケとやった
時の無色というか透明な音響のマーラーの方が楽しめます。
0696名無しの笛の踊り
NGNGそれ以前の音楽の伝統なりなんなりをどれだけ引きずっているか否か
の程度が問題だと思う。スッパリと切れているかどうか? 言い方を
変えれば、たとえばベルクのヴォツェックという作品は、過去からの
音楽遺産をどれだけ引きずっているのか、という点。
シェーンベルクは、音楽面でいえばポスト・マーラーというよりもポスト
ワーグナーの面のほうが強いかもしれない。「グレ」も「ペレアス」も
ボクにはそうきこえる。そのあと無調時代に入ってからも、表現の底知れぬ
力強さが感じられ、これは彼自身の個性はもちろんだが、過去からの遺産抜き
には考えられない。
べームの指揮の演奏では、彼自身がどう考えていたかは別にして、ボクの
耳では、あの時代の作品を指揮した演奏(ベルクなど)には過去からの
途切れない連続性をもった演奏に聞こえる。 だから、ポストマーラー
としての音楽というよりポストワーグナーの音楽として聴いてみると、
非常に納得がいく。むしろベルクなどはブーレーズのほうが異質な音楽
をやっていると思う。
0697696
NGNGだから、マーラーの音楽の現代音楽に通じるモダーンな要素を重視すれば、
妖怪人間さんの言う通りショルティや、あるいは現代で言えばアバドや
ブーレーズの演奏が評価できることになる。新ウィーン楽派の無調や
12音技法をバイパスした、響きそのものにある現代性というかなんと
いうか。
ベームが仮にマーラーの交響曲を指揮したとして、彼自身はどう考えるか
は別にして、結果としては昨今の指揮者のものよりもずっと古風に聴こえる
だろうと思う。カラヤンのマーラー(特に9番)も室内楽的ではあるものの、
以外に古風なのでは、と思う。
0698バラク
NGNG聴こえてくるものが違うから押し付けはしないけど。
マーラーの音楽は、ボヘミア、ユダヤのような辺境の要素が重要だけど、
それだけじゃないでしょう。それならイスラエル・フィルにでも任せて
おけばいいことになる。だが、マーラーが普通の辺境の音楽と違う魅力
を放つのは、田舎者である彼がウィーンに在住し、その空気を十分吸っ
たということでしょう。嫌われながらもウィーンの楽壇に君臨し、R. シュ
トラウスと人気を二分したと言われているくらいだから、ウィーンに漂
う世紀末的な頽廃美の影響を受けていることは否定できない。マーラー
が最も愛したオペラは、頽廃美の極致とも言えるR. シュトラウスの「サ
ロメ」だしね。そう言えば、10番の5楽章にはサロメのモチーフが聞こ
える。シュトラウスはマーラーが死んだ時、「マーラーは死んだ。これ
でウィーン市民もマーラーを偉大と思うようになる。」と言っているけ
ど、逆に言えば、マーラーの音楽はウィーン子が理解できる要素がある、
ということになる。
当時のウィーンというのは、洗練の典型のように考えられているけど、
実際にはトルコ、ハンガリーといったいろいろな地方からの文化が、フ
ランス王室由来の上流社会の空気とごったにに混じって、成熟し、甘っ
たるい腐臭までが漂いはじめたような独特の文化じゃないかな。京都的
な洗練とはちょっと違う。絵画で言えばクリムトに見られるような美学
だし、音楽で言えば、R. シュトラウスのワルツだ。VPOの音というのは
、他のドイツ=オーストリー系のオケに比べて、そういう爛熟の雰囲気
をまだ伝えている。その点では、VPOの音というのは、マーラーの音楽
に含まれる世紀末的な面を多分に伝えることができるんじゃないかと思
うね。もちろん、マーラーには先鋭的な要素もあるから、ショルティや
ブーレーズのアプローチも説得力がある。そしてマーラーも後期ロマン
派の子だから、バルビローリのようなロマンティックな演奏も魅力的だ
。そして、バーンスタインのようなイディッシュよりの演奏も説得力は
ある。
0699バラク
NGNGいる。確か、彼はその中で、ナチの影響でオーストリーの人間はユダヤ
に対する反感が残っている、というようなことを言っていたね。その発
言が本気だとすれば、クレンペラーは世紀末的な要素よりは、ユダヤの
要素が欲しかったんだろうね。バーンスタインが最初、VPOでマーラー
に苦労したのだとすれば、彼が最も必要とする極端にユダヤ的な要素へ
の拒否か無理解を感じたんでしょう。ユダヤの音楽は濃いからね。でも
結局使ったでしょう。それは、VPOの音には、マーラーの音楽の中のイ
ディッシュ以外の要素は十分に備わっていたからだと思うね。ただ、ワ
ルターもそうだけど、バーンスタインがマーラーにVPOとアメリカのオ
ーケストラを使うのは面白い。アメリカのオーケストラの構成員はユダ
ヤ人だらけだから、ということがあるのかもしれない。
0700妖怪人間
NGNG5〜60年代VPOはマーラーの音楽を殆ど録音してませんね。ワルターとバーンスタインの大地の歌
の他は、クレツキのもの(こちらは未聴)くらいしか思い出せません。
ワルターのものは名演だと思いますが、ワルターがVPOに対してカリスマ的な影響力を持っていたこと、
ワルターの音楽性がマーラーとVPOの仲介となれるものだったせいだと思っています。
60年代のVPOと最も多く録音を残したのはショルティだと思いますが、マーラーはVPOでなく
ACOやLSOとやっていますね(シカゴと録音を始める前)。何故、VPOでなかったのか詳しい事情は
わかりませんが興味あるところです。
ベームはやはりマーラー的な美の世界(イメージとしては巨人の第一楽章や9番のアダージョが頭の
中にあるのですが)に共感を持てなかったのではないでしょうか。
ベームは決して思い入れをせずに客観的に演奏しただけの人では無かったと思います。シュトラッサー
の書いたものの中に、ベームがシューベルトの大長調の3楽章のトリオや影の無い女の一幕の
終わりの部分を涙を流しながら指揮していたというのがありました。
ベームがマーラーを演奏しながら自分と曲を同一化しながら演奏できたかどうか疑問です。
700になっちゃいましたね。細々と1000まで続くかな?
0701名無しの笛の踊り
NGNG0702妖怪人間
NGNGあるいはVPOとの混成?
やたら遅い復活を聴いたことあるが。
0703696
NGNGそれは、確かに妖怪人間さんのいうところの「同一化」の問題、つまり共感の有無の
問題があることは当然として、ベームがレパートリーを拡大していきある程度の地位
を確立した時代は30年代前半であることは無視できない。つまりあの時代にはナチス
が台頭しており、マーラーの音楽を仮にとりあげるといっても、ベームがあらたに
そのレパートリーに組み入れるのには躊躇があったことだ、と思う。 自己の新しい
分野のレパートリーとして組み入れても、外部的状況から演奏は必ずしも楽ではない。
そうこうしているうちに戦争は終結し、ベームは巨匠としての階段を上る時期に
達していたので、「今更なぜマーラーを?」というのが本心ではなかったか?
カラヤンについては60年代に「大地の歌」を指揮してはいたが、本格的取り組み
は70年代になってからだ。カラヤンにはまだ年齢的な時間があったためか、あるいは
マーラーブームの台頭に乗遅れまいという気持ちがあったか否かはわからないが、
とにかくレパートリーに組み入れる精神的、肉体的余裕はあった。
以上のように考えるのは間違いだろうか?
0704名無しの笛の踊り
NGNGシェルヘンはVSOとはよく演奏していたようだ。録音では、あれは
フルクスオーパーというよりは、国立歌劇場のメンバー(だからVPOの
メンバーがかなり含まれる)主体で入れているはずだ。
ボクは「シェルヘン指揮のVPO」という演奏があったかどうかはよく
知らないが、VPOの側としては彼は自分達をVPOの名前で指揮するほど
の「格」のある指揮者とは考えていなかったようだ。
0705妖怪人間
NGNG>を確立した時代は30年代前半であることは無視できない。
全く同感です。あの時代のベームはまだ歌劇場指揮者だったので、レパートリーの
主体はオペラでした。マーラーにオペラがあれば10、20年代に取り上げていた
でしょうが。
でも、既出のぐすさんのHPでベームの演奏会記録を調べてみると、40年代後半が
極めて興味深い時代であることがわかります。当時のモダンな作品はもとより、
レスピーギ、ドビュッシー、ラロ、ムソルグスキーなども取り上げており、ホントかよ?
って気分になります。昔からこれらの曲を取り上げていたか、戦犯容疑中に勉強
したかは不明ですが、、、、、、、
50年代前半に南米で大地の歌の初演をやったのも、その流れかもしれませんね。
あるいは、自分とマーラーが合うかどうかを、ドイツ・オーストリー以外で試し
たかったのか?ちょっと穿ち過ぎかな?
その後やってないってことは、やっぱり合わないと思ったんでしょうね。
歌曲集の伴奏はやったけど。
0706妖怪人間
NGNG***************************
[96/ 5/25:ガンダルフ (ID:[email protected]) ]
以前、たんたんさんからウィーン国立歌劇場管弦楽団についてお問い合わせ
を頂きましたが、ウエストミンスター・レーベルに録音を残した同管弦楽団に
は多くのウィーン・フォルクス・オパーのメンバーが参加していたことが判り
ました。
これは、今般再発売されたウエストミンスターのCD解説書にバリリ氏の証
言として記述されています。
(CD:MVCW-19005 バッハ/ヴァイオリン協奏曲 シェルヘン指揮!)
第六感的にそうかな、と感じていたのですが、やはり名前のみならず実質と
してもVPOとは別物だったと考えて良さそうです。
(C)1996 ガンダルフ at 鹿嶋
*****************************
だそうです。
出典は
www2u.biglobe.ne.jp/~classic/ivent/claiv01/iv01-2.htm
0707名無しの笛の踊り
NGNGウーム、なるほど。
ただしかし、ブランデンブルクの録音などはソリストはかなりVPOのメンバー
が多く(つまり自動的に国立歌劇場のメンバー)クレジットされていますね。
そうすると他メンバーは大方はVPO団員ではない国立歌劇場のオケメンバー
に、VSOのメンバーが加わっていたと考えるほうが正解なのでは、と
思うのですが。まあ当時としてはDECCAとVPOの特別な関係がありました
から、シェルヘンの指揮では仮に全てがVPOのメンバーであったとしても
VPOの名前は使用できなかったでしょうが。あの録音を聴くとVPOの弦の
艶はないが、しかしフォルクスオーパーのオケよりは上等、といった
ところです。バリリ氏の記憶がどこまで正確かはよくわかりません。
0708707
NGNG0709妖怪人間
NGNGすんません。これで最後。
フォルクスオパーって国立の組織なのかな?そうだとしたら、
フォルクスオパーとシュターツオパーの混成を国立歌劇場管と呼んでも
詐欺にはなるまいが。
0710名無しの笛の踊り
NGNG現在もそうですし、おそらく過去もそうだったでしょうね。(国立、という点)
ですから、まあ詐称ということにはならないでしょう。
しかし、ウィーンというのはいやらしいところで、ある種の見えないところで
「格」と称するものによる線引きがあり、通常「国立歌劇場」といえば、
シュターツオーパー以外ものはそう呼ばないようです。
ついでに言えば、ちょっと前まではVSOですら「酒場のオケ」と陰口されて
いたようです。
いよいよベームから話題が離れてきた....。
0711名無しの笛の踊り
NGNG>あの時代のベームはまだ歌劇場指揮者だったので
これは本当でしょうか?
ドレスデン時代から死去までずっと、「歌劇を主体にするがコンサートの指揮台にも立つ」
という姿勢を堅持していたように思うのですが。
もちろん比率でいうと、ウィーンを離れた56年以降の方がコンサート寄りでしょうが…。
戦前の演奏会資料が手元にないので、確たることは言えないけれど。
あと、703さんの後半部分は卓見だと思いますが、前半の
>ベームがレパートリーを拡大していきある程度の地位
>を確立した時代は30年代前半であることは無視できない。
これも必ずしもそうでない気がします。揺ぎない地位を得たのが
ナチスの政権掌握の年であるのは間違いありませんが、指揮者としての
基盤となる素養を得たのは多くを学んだのはむしろその前、1920年代では
ないでしょうか。
その頃から独墺には反ユダヤ的発送をする人は多く、とりわけベームは
ダルムシュタット時代から、アンチ・ユダヤ的発言を繰り返していたという
話が残っています。
つまるところ、マーラーを(メンデルスゾーンも!)好んで取り上げなかった
背景は、ナチスの台頭云々よりもむしろ、ベームの個人的嗜好が大きく絡んで
いる気がします。
この問題、きちんと検証されている文章が少ないので、想像の域を出ない点が
多いのが残念ですが。
0712703
NGNGなるほど。 ちょっと補足を。
指揮者としての基盤となる素養の獲得、ということですが、あの時代
は指揮者というのはそれこそどこかのハウスの第3指揮者くらいから
の下積みからたたき上げで形成されていった時代です。ですから勿論
ベームも例外ではなくそういう時代(20年代)には多くの作品に
取り組んだでしょう。 しかし、自分としてこれをやりたい、これを
取り上げたいという主体的な意識を持って取り組むことが可能となった
のは、やはり30年代前半なのではないでしょうか? そういう意味で
カキコしたのですが。
それから、anti-Semitism的発言についてですが、これはあの時代は
一般的にそういう発言をした人は数多く存在し、ベームもそのうちの
一人、というくらいなのではありませんか? ましてや、そこから
ホロコーストまでは相当の距離があります(勿論、>>711 さんはホロコー
ストまで指摘しているわけではありませんが)。
ちなみにベームは、ブルーノ・ワルターに対しては恩義を感じ、敬愛
しているようですが、クナパーツブッシュに対しては嫌悪感があったよう
です。 これは単なる2人のパーソナリティーの違いだけが問題であり、
anti-Semitism 的要素は感じられませんが。そうでなければ、ワルター
に好意的ではありえないと思いますが。
anti-Semitism的心情は、ベームのような当時のような中産階級出身者に
は割とよく持ち合わせていたようで、これとメンデルスゾーン、マーラー
などの音楽への嫌悪感を論じるのは、ちと飛躍があるのではないでしょうか?
フルトヴェングラーはanti-Semitism的発言はしていませんが、しかし、
メンデルスゾーンやマーラーには共感していない点ではベームと同じでしょう。
ここいらの点、いろいろと難しい問題がありますので、色々な方々の
意見を拝聴したいと考えています。
0713703
NGNGおっしゃられていることを間違って理解して書いてしまいました。
ゴメンナサイ! >>712の後半部分、無視してなかったことにして
下さい。スンマセン! (2ch式にスマソ、と言うべきか?)
0714バラク
NGNGベームとナチのかかわり合いについては、ベームは平均的なドイツ、オースト
リー人なみにユダヤ人一般が嫌いだった、という意見に賛成です。ベームは、
カラヤンのようにナチを権力獲得に利用しようとしたわけでもないし、彼には
フルトヴェングラーのように協力と反抗を行き来するような、激しい葛藤があ
ったわけでもなかったと思います。ベームがコンサートでナチ式の敬礼をした
ことがある、という記述がある本がありますが、あの時代はドイツをあげてナ
チ式の敬礼をしていたようなものですから、彼は政治的には平均的な、無知な
、英雄でもなんでもない人物だったんではないかと思います。ユダヤ系でない
ベームは、ワルターやクレンペラーのように、失職してまで亡命する必要はな
かったでしょうし。
1935年にドレスデンで「無口な女」を初演していますが、このオペラは、ナ
チから批判され続けたユダヤ人劇作家のシュテファン・ツヴァイクの台本によ
るものです。この時はナチによって、開演5晩で上演禁止を食らっています。
もしベームがナチであれば、上演自体が頭になかったでしょうし、もしかした
ら上演禁止の措置にも驚いたかもしれません。ただ、この時、ナチからの圧力
をはねのけて上演を強行できなかったのは、政治的妥協と見られても仕方あり
ませんが、後からは何でもいえるものです。
ベルクとマーラーで盛り上がっているようなので、せっかくだから、バッハと
ヘンデルあたりから、順々に時代を下げていって、残されたベームの演奏を再
評価、再批判するというのはどうです? 正規盤じゃないのは録音評価つきで。
0715妖怪人間
NGNGちょうど、我々の父や祖父の世代の多くが半島出身の人達に持っていたようなものかな?
ダルムシュタットの時代には、コルンゴルトやクシェネックも取り上げていますね。
シュレーカーはやってないようですが。
マーラーの音楽と言うのは、60年代になっても巨人やS4、大地の歌を除くとレコードも
少なく、ヨーロッパでもある種キワモノ的な扱いを受けていたのではないでしょうか。
ベームと同世代の指揮者にはマーラーを全くあるいは殆ど取り上げなかった人が多くいます。
最近でも、ヴァント、チェリ、シュタイン、サヴァリッシュなどはやってないんじゃないかな。
逆に、戦前のマーラーの権威(?)麺ゲルベルクはナチの協力者でオランダを国外追放になって
ますね。
人種的要素が全く無いことは無いかも知れませんが、音楽性の方が大きい気がします。
音楽史の初めの方からというと、まずバッハですね(ヘンデルが先?)。
G線上のアリアとマタイ以外何かあったかな。
0716バラク
NGNGたぶんそれ以外はないでしょうね。
だから、すぐにグルックとハイドン、モーツアルトに行かざる
を得ないかもしれない。一つ私が「ベームのバッハ」という問題に
興味を持っているのは、ベームが自伝で、バイロイトで示した新鮮
なワーグナー解釈について聴かれた時に、「自分の会社は、モーツ
アルトとバッハ演奏の経験によって浄化されたワーグナー」と述べ
ていることです。モーツアルトはわかりますが、バッハとはどうい
うことなのかと不思議に思いました。
さて、「マタイ」ですが、音が悪く、カットが多くあります。
最終合唱ではテープの音飛びまで記録されており、買ってすぐに、
自分でもゲテモノ趣味だと思いました。歌手は古めかしい発声のイ
エスを除いて素晴らしく、とりわけヴンダーリッヒのエバンジェリ
ストは、あまりに甘くオペラティックなので、本当にこういうタミ
ーノのようなエバンジェリストは許されるのかどうか疑問を抱かせ
る程でした。ベームの指揮については、合唱やオーケストラと共に
平凡で意志力もあまり感じられない、という印象を受けました。ル
ードヴィヒやベリーは素晴らしいものの、クレンペラーのより優れ
たEMI録音がありますので、稀少価値はないように思いました。こん
なところでしょうか。
グルックのオペラはどうでしょうか?
サヴァリッシュあたりはマーラーをやってもいいような気もしますね。
オーマンディやセル、ショルティ、小沢、ドホナーニといったアメリ
カの音楽監督はマーラーを積極的に取り上げてきましたから。
0717バラク
NGNG0718名無しの笛の踊り
NGNG60年代以降のベームについては、
視力の衰えという視点も重要と思われ。
0719名無しの笛の踊り
NGNGそう言われてみるとそうかも。確かべームは網膜剥離になって手術をしてるよね。
「ヴォツェック」「ルル」の完全暗譜に取り組んでいた時期に一致していたと思う。
0720711
NGNG丁寧に恐縮です。私の曖昧な書き方が原因です。
私の言いたかったことは、彼はナチスの台頭などの政治的背景からマーラーを
取り上げなかったのではなく、あくまで彼の個人的嗜好からでは、ということ
なので、何ら異論はありませんし。
>>バラクさん
「無口な女」初演にまつわるエピソード、史学的にも興味深いものがありますね。
ツヴァイクのもっとも有名な著作かもしれない「昨日の世界」にも、この件は
詳しく出てきます。
ただ、これを敢えてベームが初演したことは、反ナチの証にはなり得ませんね。
ドレスデンのベーム体制は、シュトラウスの傀儡だということを揶揄されていた
くらいなのですから。
あと、ベームはヘンデルの「ジュリアス・シーザー」抜粋をDGに残していますね。
ここ10年の間のいつかに、何かの特典CDとして付いたので、耳にした人も少なく
ないのではないでしょうか。私は手に入れながら結局聞かなかったのですが。
0721妖怪人間
NGNGテンポやや早めで音楽が上滑りしている感じで、落ち着いて音楽にひたることができません。
また、録音もマイクが近すぎる感じで、独唱やオケは良く入っているのですが、合唱の音の割れ
歪みが残念です。
ヴンダーリッヒのエヴァンゲリストは、ヘフリガーなどの禁欲的な歌唱と違って、オペラティック
ですが抵抗感無く楽しめました。
ジュリアス・シーザーは私も未聴です。そのうち何らかの形で再発されるとは思いますが。
0722妖怪人間
NGNGこちらは、ベームにしては珍しくロマンティックにやっており、VPOの弦の美音と
相俟って良い演奏だと思います。時代のせいか、既出のブル7のアダージョのように
思い入れの強い演奏になっています。
グルックの「アウリスのイフィゲーニエ」(62年ザルツブルグ)も良い演奏だと思います。
録音も残響が良く入っていて、オケ、独唱とも鑑賞に支障ありません。
全体として、早いテンポでキビキビとやっており、古楽器演奏に慣れた耳にもそれ程違和感は
無いと思います。ルートヴィッヒ、ベリーなどの独唱陣は今日の耳からすると少し重い
感じですが。
0723妖怪人間
NGNG以前レコ芸で絶賛してました。生は良かったのでしょうか?
0724バラク
NGNGベームが反ナチだったとは思いません。積極的ななナチではなかっただ
ろうということです。もし、ナチであれば、ツヴァイクの台本のオペラをと
りあげるような「政治的な」ミスはやらないでしょうから。一方、ベームも
当時、ナチからすれば小物にすぎず、おかげでフルトヴェングラーのように
利用されたり批判されたりという目に合わずに済んだということはあるでし
ょう。
R. シュトラウスのナチ協力疑惑についても、かれの孫の母親がユダヤ人だ
ったためにやむを得なかったという話がありますね。まあ、やはり、あの時
代、芸術家が専門でない政治の分野で、流れに逆らうことはなかなか難しい
ことだったと想像できます。トスカニーニのように癇癪持ちで無い限り、
なかなかヒロイックな行動はとれないものです。
ベームはジュリアスシーザーをかなり早い時期から取り上げているようです。
そのCDはゼーフリートとDFDの録音でしょう。私は未聴です。グルックも
未聴でしたが、良さそうですね。やはりかれのモーツアルトのような演奏
でしょうか?
そろそろハイドンあたりですかねえ...........。正規盤はDGの交響曲、四
季、協奏交響曲ですが、他との比較も含めていかがでしょうか。非正規盤
についてもどうぞ。
0725妖怪人間
NGNG緑丘から出てました。54年録音で、チェロはマイナルディー。
良い演奏ですよ。堂々としていながらリラックスしていて、良い演奏だと思います。
ヘッセンRSOが実にのびのびと弾いてます。録音もその頃にしてはグッド。
ベームはDGに録音した交響曲や四季を聴いてもハイドンにぴったりだったと思うのですが、
録音も少なく、演奏会でも殆ど取り上げていませんね。
何でだろ、というとまたベームはナチだからとかいう声が聞こえてこないかな?
あと、75年だかにザルツブルグでアンドレとトランペット協奏曲をやった記録が
あるのですが、いつまでたっても青裏になりませんね。NHK-FMでもやらなかったの
かな。
0726名無しの笛の踊り
NGNGハイドンとナチとは何か因縁があるのですか?
0727妖怪人間
NGNG戦時中も演奏されてたし。
725で遠回しに言いたかったのは、特定の作曲家を殆どとりあげなかったからといって、
人種問題にりんくさせる必要は無いんじゃないの、ということです。
それにしても、勿体無い話ですね。交響曲集は名演だと思いますが、あれだって
ベームの発意によるのでは無く、DGのレパートリーの穴埋めに使われたわけでしょう。
いらんことは何もやらないベームの指揮と、VPOの美質が相俟ってとても良い演奏
ですね。V字、オックスフォードなど大好きです。あとのは曲がイマイチだけど。
0728名無しの笛の踊り
NGNGって言ったら殺されちゃうかな?
0729名無しの笛の踊り
NGNG頼む。「人種」は勘弁してくれ。「民族」でしょ。
0730名無しの笛の踊り
NGNG激しくがいしゅつ。そういう側面もあるし、そうでない面もあるってことで
すでに落ち着いています。
0731727
NGNG了解。漏れのミス。実は漏れ、ethnicと言うべきところをracialとやっちゃって
ユダヤ系アメリカ人に凄い顔で睨まれたことあるのよ。もっと気をつけないとね。
>>728
漏れは別に怒らんよ。確かにそういう面あったし。
でも、ベームがマスコミにどう取り上げられたかには、今ではあまり興味ない。
彼の演奏は色々集めて(名演・駄演をとわず)楽しんでるけどね。
0732名無しの笛の踊り
NGNGハイドンファンから一言
89番はいまいちだけど、90,91はいい曲だよ。
ベームの指揮がちょっと重たいけど。
ブリュッヘンの90、91とか、C・デイヴィスの91
はさわやかでいいよ。
0733名無しの苗の踊り
NGNGカラヤンスレから遊びに来た厨房君かな?
マスコミの扱いという点ではその通りだと思うよ。別に殺すのどうのという話じゃ無い。
ただ、ベームが持ち上げられてたっていうんなら、カラヤンだって同じじゃないの?
「帝王カラヤン」っていう像は、「球界の盟主巨人」と同じで必要にせまられた
マスコミが作ったんだよ。まあ、君にその意味がわかるかどうかは知らないが。
0734名無しの笛の踊り
NGNGジュリアス・シーザーは持っている。
はっきりいって駄盤。
ぜーフリート聴きたいなら他に良いのがたくさんあるし、
F=Dに至っては珍演奇唱の類だな。
この曲聴きたかったら迷わずヤーコプス盤を買え、ということです。
それでは、ハイドンの続き、モー様の話題をどうぞ↓
0735妖怪人間
NGNG録音は悪くない。演奏はVPO盤持ってればわざわざ買い足す程ではないだろうね。
しばらく留守します。倉庫行かないようにがんばってね。
0736名無しの笛の踊り
NGNG時代の評価っておもろいね。
0737バラク
NGNGじっくり彼の音楽に耳を傾けみてはいかがでしょうか、としかいえませんが......。も
ちろん、CDを選ぶ必要はあります。その指針に、作曲家別に再評価、再批判をやって
いるという面もあります。R.シュトラウスやベルクの楽劇をきちんと理解できる人口
が増えてくれば、ベームの実力は再評価されてくると思いますが、個人的にはどっちで
もいいと思っています。複雑な料理の味を理解できない人に理解しろといっても無理ですし、
究極的には自分さえ楽しめればいいわけですから。
ハイドンは、ベームの資質にあっていますね。多くの指揮者が口を揃えていうのは、ベートー
ヴェンの田園とハイドンの交響曲は、玄人レベルでも、もの凄く難しいのだそうで、これがきち
んとできるのはホンモノの実力者なんだとか。岩城宏之は、ハイドンを指揮する自信が全くなく、
できるだけハイドンを避けていたという話を聴いたことがあります。フルトヴェングラーも両方
上手でしたね。
0738バラク
NGNGまず、正規盤のオペラから行きたいと思います。やはり最高の演奏は、フィガロ
(68)と後宮(73)でしょうか。前者は、プライを始めとする歌手陣と、ベームの
溌溂とした表現が素晴らしい。小さな問題は、トロヤノスのケルビーノに色気が
ゼロなのと、ディスカウの伯爵の発声がこなれておらず聞き苦しい地声がでるこ
とでしょうか。後宮も歌手も素晴らしく、ドレスデンを指揮するベームの
表現も生き生きとしています。私はここには彼の最高の瞬間が記録されていると思います。
0739バラク
NGNG(だいたいあったのか?)オバサン化している上、クラウスもベームも生真面目
すぎるように思います。レッグが「今後30年は色褪せない盤」と呼んだ伝説的な
演奏ではありますが、この曲に備わる一種の官能的な魅力にもかけるような気がします。
私は傷があっても74年のDG盤をよく取り出して聴きます。VPOが最高です。序曲
は少し流れが悪く、もたれ気味。本編に入ってからは、ベームも愉悦に満ちた表現
をきかせてくれます。シュライヤーが「あれほどの経験を他の指揮者でしたことが
ない」と回顧しています。そのシュライヤーはやや力み過ぎで、歌詞をすっとばし
たりしています。プライは音程がフラット気味、ヤノヴィッツは声が重い、フィナ
ーレで決定的なミスがある、ベームが時折突っ走る、などなど、ライヴ故、いろい
ろ文句はつけられますが、やはり魅力的な演奏ではあります。D.キーンは「これだ
け美しい演奏に何の文句がつけられよう?」と賞賛しています。デッカ盤も名盤と
言われていますが、未聴です。
0740バラク
NGNGつのスタジオ演奏のどちらもイマイチ。一時期名盤と言われた77年盤は、ベーム
の指揮がデモーニッシュでない上に重く、しなやかさにかけます。VPOがかなり
サポートしてはいますが、ベームに気迫が足らないように思います。最大の問題
はミルンズの独唱です。音程が不正確で、ややいびつな発声はモーツアルトの様
式にあいません。当時はライモンディという素晴らしい選択もあったとおもうの
ですが.........。ベームは、DGにこの録音の発売を取り止めるように熱望していた
という話が伝えられていますが、わかるような気がします。ただ、他の歌手陣はど
れも良いできで、シュライヤーはリリックテノールの典型美をきかせてくれますし、
マティスはただただ魅力的、ツイリス=ガラの透明な歌声はユニークでした。
RCAのドンジョバンニはどうでしょうか?
0741バラク
NGNG64年の「魔笛」は、なんと言ってもヴンダーリヒ、ホッター、DFD、タルヴェ
ラ、キング、クラス、という史上最強の男性陣が聴きものでしょう。よくこれ
だけ素晴らしい歌手を集めたものです。早逝した天才歌手、ヴンダーリヒの絶
唱がこういう形で残されたのは神に感謝したいところですが、よく言われるよ
うに女性陣に問題があります。リアーのパミーナは声が太すぎ、ピータースの
女王はテクニックがかなりあやしい。三人の侍女はオバサン声ばかりです。ベ
ームの指揮は確信に満ちており、大きく、力と美しさに満ちた表現をきかせて
くれます。ただ、BPOの反応はかなりシンフォニックで、時折歌手と呼吸が合
わない(ザラストロの二番目のアリア)所があり、それが私には不満です。
ベームがVPOと入れたデッカの魔笛の方が、この面では良い印象を持ちました。
もちろん、男性陣が勝負にならないので、64年のDG盤の総合力が上回ります
けれども。
0742名無しの笛の踊り
NGNG0743バラク
NGNG年盤はザルツブツグライヴです。旧盤を書き忘れました。なんな
んでしょうか、DFDのドンジョバンニ。DFDのパパゲーノはミスキャ
ストといいつつも、音学性で見事に歌ってしまいました。しかし、
ドンジョヴァンニはイメージが違い過ぎて.........。
07441=711
NGNGフィッシャー=ディースカウの伝記に、67年プラハの録音時のベームの
イライラぶりが記されていました。慣れぬ録音地では彼も気持ちよく
録音が出来なかったようです。だからこそ10年後敢えて、公演初年度
ライヴの賭けに出たのでしょう。
ところでオペラは一種の嗜好品ですから、評価に違いが出るのは
当然ですが、77年のドン・ジョヴァンニ、ベームはデモーニッシュな味を前面に
は出していないものの、音楽に語らせる手法で深い味わいを表出していると
思います。
この録音の取りやめをベームが望んだ、という出典はどこでしょうか。
教えてくれたら幸いです。
バラクさんの登場で、このスレも深みを増しました。
一方、あまり話題を限定されるように進むと、特に流れがオペラに傾くと
交響曲ファンの書き込みが減るようです。年代順の流れと同時進行で
どんな話題でも思いつくままに書き込むようにしましょうね〜。
0745名無しの笛の踊り
NGNGフィリップスから出てるのがなかなかのもんだと思います。
0746バラク
NGNGええ、どんどん書き込んでほしいと思います。私自身の書き込みを分類して
いるだけですので。いつでも参加されたい方が参加されれば良いと思います。
プラハの「ドン・ジョバンニ」ではタルヴェラにイラついて怒鳴りまくって
いるベームの映像を見た事があります。あんな雰囲気では歌手はたまらない
だろうなと思いました。ベームが77年のライヴの発売を望まなかった
という話は、会社や正確なタイトルは忘れましたが(名作オペラブックス?)
、その最後のディスコグラフィの紹介に出てきます。ミルンズの主役につい
てはどう思われますか?私はどうも受け付けないのですが.........。
BPOとのベームの交響曲全集はどうでしょうか?私は一部しか耳にしておりま
ません。VPOとの後期交響曲集はもっと評価されてもいい。「ジュピター」な
どは、こちらの方がベームらしい演奏のように思います。最後の2重フーガは
VPOとの方が立体感があります。BPOとの演奏は、大変優れたもので、文句を
つけるわけではありませんが、当時の監督のカラヤンの奏法の影響がある
せいか、ある意味、より洗練された響きです。80年の29番もいいですね。
吉田秀和が「名人の舞いを見るかのよう」と表現しましたが、ゆったりした
流れに優雅さと独特の懐のふかさが聴こえてきます。フィリップスとの録音
も、高く評価され続けたもので、溌溂とした別の良さがあります。35番はBPO
との旧盤の方の躍動感を取ります。新盤は全てが優雅です。
一方、全集の初期の録音は、BPOのドイツ的な音の良さがよりよく出ています。
例えば、BPOとの38番(59)の音づくりの強固なことは屈指で、この名曲を立体的に
浮かび上がらせています。VPOとの再録(79)は、弦の音色が本当に魅力的ですが、
ベーム自体は音楽をかなり流してしまっており、枯淡ととるか、コントロール
の弱さととるかは人それぞれでしょう。ただ、VPOとの38、39番は録音が最高ですね。
DGがもっともVPOを美しく捉えた録音と言ってもよいのではないでしょうか。
0747名無しの笛の踊り
NGNG0748名無しの笛の踊り
NGNG私も、VPOとの後期交響曲集を評価しています。
例えば、極めて遅いテンポの第40番。疾走しない哀しみ・・・というよりは、
哀しみなどではない、純粋な音楽という趣きに強く惹かれます。
オペラでは、フィガロでしょうか。
シュトゥットガルト、ウィーンSO、ベルリン・ドイツOP、ウィーンPO(ヴィデオ)の
いずれも捨て難いのですが、FMで接した最後の来日公演が忘れられません。
何とか、正規盤として発売されませんでしょうかね。
それから、ベルリンPOとのアイネ・クライネも堅固な演奏で、私は好きですね。
ウィーンPOとの新盤は造形に甘さを感じさせる点で、今ひとつ。
もっとも、その甘さはウィーンPOの持ち味だという方もいらっしゃるでしょうね。
0749名無しの笛の踊り
NGNG音楽といえるものではなかったそうです。
そういうCDを喜んでいる人たちて、ブランド物を買いあさるばかな女子大学生と一緒ですね。
0750名無しの笛の踊り
NGNG0751名無しの笛の踊り
NGNG0752おもしろいな
NGNGしていた内田光子やベルリンのフィガロに感激
していた吉田秀和ももバカな女子大生と一緒っ
てわけですね。知らなかった。通ぶるやつは
貶せばいいと思っているから困るよな。
0753名無しの笛の踊り
NGNG傾きますねえ。ベームのすごさはツァイスのレンズを通した
みたいな解像度と、各パーツをキッチリと組み合わせて隙間のない
工芸品のようなところと個人的には思っておりますのでBPOとの
演奏が、モーツァルト演奏に関しては最高と思います。
それにしてもこの演奏、優雅に振る舞ったり、やたらと歌ったり
など一切していないのに「これぞモーツァルト」と
言わせる説得力は不思議ですね。
0754名無しの笛の踊り
NGNGそれを長所と見るか、短所と見るかですね。
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