1938年3月13日、ドイツ、オーストリアを併合
フルトヴェングラー、事実上のウィーン・フィル常任指揮者となり、
ナチスによるウィーン・フィル解散を阻止。(大戦勃発後は団員の兵役免除の権利を獲得。)
1939年9月1日、第2次世界大戦勃発
その後もドイツにとどまり多くのユダヤ人を強制収容から助けた。
また戦争で占領した土地への客演を拒否。
1945年1月23日にベルリン・フィルと、28〜29日にはウィーン・フィルとの、
戦時中最後のコンサート。
2月1〜6日、ブレゲンツ近くのドルンビルンに身を潜め、7日に国境を越えてスイスに亡命。
アンセルメの世話で12日と14日にはスイス・ロマンド管弦楽団を指揮。
また23日にはヴィンタートゥール市立管弦楽団を指揮。
。さらにチューリヒ・トーンハレ管弦楽団とのコンサートも予定されたが市参事会により禁止される