結局、演奏者の方が仰るのは、
「シューマンのスコアは実務的に不便極まりない」ってことでしょう?
それはその通りなのでしょうね。ブラームスの方が実務的だ、と。

けれども、そうした「自分たちで考える時間を節約してテキパキと演奏できる」
スコアよりも、演奏者(指揮者でも)が自分で考えなければ演奏できないスコアを
より好ましいとすることだってあるんじゃないかな?

シューマンに好意的な見方をすれば、彼はオーケストラの楽器が変化しているのは
知っていたハズだし、何より当時は演奏される度に条件が著しく異なっていたワケ
なので、詳細な指定は却って不合理と考えたのかもしれない。

僕はドビュッシーが指の指定を何故しないのか問われて「それは奏者が自分で
考えなければならない問題だからだ」と答えたのを思い出しているんですが。

僕にはシューマンのスコアは、ベートーヴェンやブラームス以上にオーケストラの音色
の可能性を追求したものに思えます。それはヘレヴェッヘの2番で(ようやく)実証
されたと考えているんですが、演奏者の方はこれをお聴きになってどう思われますか?