シューマンの交響曲で、語れんかね
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NGNGシューマンのオーケストレーションが「上手い」かどうかが問題ではなく、
その生み出す効果が問題でしょう。もちろん新しい効果を狙っている以上、
演奏上、新しい困難が伴うのは仕方ないかもしれません。
ベートーヴェンのピアノ書法が「上手い」から素晴らしいのではないし、
シューマン、リスト、ショパンのピアノ曲が新しい演奏上の困難を伴わな
かったワケでもない。
シューマンのオケの場合、それはまだ克服されていないだけなのだと思っています。
不幸なのは、その後の音楽界(ひいては世の中そのもの)が、シューマンの目指し
ていた未来とは違う方向に向かい、その理想が理解されなかったことじゃないかな。
オーケストレーション(の効果)に関して言えば、マーラーよりもドビュッシーに
つながる要素も多いと思います。
セルがクリーブランドを伴ってヨーロッパ公演をした時のライブ盤がありますが、
そのプログラムが、シューマンの2番とドビュッシーの「海」。
セルはシューマンのオーケストレーションの賛美者でしたが、元々、弦が強く、
木管が聞えない傾向のバランスを好む人でしたね。逆に、いつも木管を浮き立た
せていたクレンペラー、正反対の演奏ですが、ともにとても興味深い。
ミケランジェリは(チェリを含めて)、今の指揮者はシューマンを理解していない、
と考えていたようです。というか僕はその発言を聞いてから、いろいろ考える
ようになったんですけど。ここでもドビュッシーと繋がりますね・・・
>>182
個々の演奏に対する評価は、また別ですよ。演奏解釈審議会じゃないもの。
リヒテル、素晴らしいいいじゃあないですか。
ああ、ついついまた「評論家めいた?」長レス、スマソ。
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