シューマンの交響曲で、語れんかね
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0175名無しの笛の踊り
NGNG拙者、不同意でござる。
交響曲の流れの本流は、
ベートーヴェン→シューマン→マーラーのラインで考えるべし。
スケルッツオひとつ考えただけでも明らかでござる。
独逸人は徹底的にシューマンを誤解してござる。
ピアノ曲を考えても、シュナーベル、Rゼルキン、Eフィッシャー、バックハウス
など、シューマンを弾き損ねるばかりの輩。コルトオ、ナットの仏蘭西人に到底
太刀打ちできぬ。ただひとりケンプ翁のみ、シューマンの秘儀に通ずるも、
悲しきかな、左手がついて来なかったのでござる。
そうした独逸人指揮者どもの的外れな解釈が、シューマンの天才的な交響曲の
価値を貶めてきたのでござる。フルトヴェングラーしかり。コンヴィチュニー
言わずもな、サヴァリッシュしかり、チェコ人クーベリックにしても、しかり。
こはそもいかに? まあ、音色に対するセンスがないってことかな、でござる。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています