SFとは「もし〜だったら」という仮定の思考トレーニングといっていい。
2001年宇宙の旅であれば、もしコンピュータが高度化して、
矛盾に悩みストレスをためたらどうなるか?という問題を提起した。
そのようなコンピュータは人間のように殺人を犯すこともあり得るのではないか?とね。

一定の仮定をすることで、それまで考えもしなかった事柄を考える。
いままで目を向けなかった物事の本質に目を向ける。
コンピュータによる殺人という事件は、人間がなぜ殺人を犯すのか?を
考え直すきっかけにもなるだろう。

要するにSFとは思考の遊び場であり、その遊び場で遊ぶことで、
考えの幅が広がり、固定的な物の見方では迫れなかった本質を見抜く
力をつけられるようになる。

地球の自転が止まったらどうなるのか?を考えることで、我々の世界の
何が何に依存し、どういう影響を互いに及ぼしているか考えることができるようになる。

それがSFなのだよ。SFを楽しむとは思考力を養う遊びなのだ。
それを「○○なんてありえない、リアルじゃない」と入り口で否定してしまえば、
遊ぶことができない。思考力を養うことができない。

また、すべてが魔法では、思考力は養えない。魔法とは「そういうもの」でしかないから、
発展性がない。それこそあるがままに受け入れるしかなく、何も思考が展開しない。

サマーウォーズは俺がやってみせたように、サマーウォーズの仮定を利用して
思考を展開・発展させることが可能だ。だからサマーウォーズはすぐれた作品だといっている。
もっといえばすぐれたSF作品だ。SFの本質は俺が上述しようなものだ。

そこから思考を発展させることが出来れば、
それはいくら荒唐無稽の仮定に立っていてもSFなのだよ。
逆にいくら現実に近くても、何も新たな視点や思考のきっかけにならない作品は
SFとはいえない。少なくとも俺はそう思っている。