全肯定などと言うものするためには
「本来なら否定しちゃう前提のもの」と言うものが必要になる
だって、それを「全肯定する」のだから

例えばそれを敵とした場合
全肯定するべき敵の存在が必要となる、それってむしろ異常事態
わざわざ全肯定するべき敵を作り出すことにもつながるからだ
なにかの障害とした場合、受け入れるべき障害が起こることをむしろ望むことにもつながる

例えば昔のオウム真理教にとって一般世間は「全肯定するべき敵」であったかもしれない

「全肯定」と言うと一見凄い悟りの価値観のように思えるが
裏を返せばそういう危険をも含んでいる