リサが帰宅を強硬したのは、あの家が灯台の役割を担っていて、かつ無線の送受信ができるからでしょ。
耕一の安否を気付かうためと、耕一に自分達の安否を知らせなければならない、というのもある。
5歳の子供を家に一人にするのが親らしくない、というのも現代的な考え方だと思う。
子供としては、過保護にされるより「大人に頼りにされてる(信頼されてる)」ということの方が
余程心強く思うものだし、一番成長する切っ掛けになる。
そういう風に子供を信頼する決断は、単に無責任だということではないよ。
リサだって絶対に宗介を手元に置いておきたかった筈なんだから。

メルヘンというのは不思議なことが起っても「不思議だ」とは思わない世界でもある。
小鳥がルンペルシュティルツヒェンの名前を知っていて、かつそれを謳っているのを、王妃が聞き取れても
王妃は不思議には思わない。
また、何故名前を当てられることが、ルンペルシュティルツヒェンの破滅に繋るのかの説明もない。

基本的に登場人物達は「これはこうなんですよ」という物語に提示に対して疑念を差し挟まない。
理不尽なことが起こり、それに対して登場人物達が誰も理不尽だと気付かないような世界。