崖の上のポニョ 3
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0605見ろ!名無しがゴミのようだ!
2008/08/09(土) 20:00:56ID:mCu8WsHK子供が「宇宙の外には何があるの?」って言ってるうちは
宇宙の外には全ての可能性がある。何もかもがある。
そこに「宇宙の外は無でありどうこう」「今現在も宇宙は膨張していて云々」と教え
子供がそれに納得した途端、無限の可能性は消えて「無」のみが残る。
これを特に西洋的価値観では「成長」みたいな言葉で肯定的に捉えるけど、
それって本当に良い事なの?ッつー話でしょ。
以下パヤが深く感銘を受けた文章の引用。
>ぼくは、列車で、あるひと組の夫婦の横に腰をおろした。
>その男と女のあいだに、子供はどうやらわずかに窪みを作って、眠っていた。
>おお−、なんと愛すべき顔だろう!
>この夫婦から、一種黄金の果実が生れ出たのだった。
>この鈍重な二人の者から、美と魅力のこの傑作が、生れ出たのだった。
>これこそ音楽家の顔だ、これこそ少年モーツァルトだ、これこそみごとな生命の約束だと。
>保護され慈しまれ、教育されたなら、この少年になり得ないものはなにひとつないはずだ。
>ただ人間のためには、園丁がない。
>少年モーツァルトも、他の子供たちと同じく、金属打抜き磯にかけられる(型にはめられる)運命だ。
>モーツァルトが、キヤバレーの腐敗の中にあって腐れはてた音楽を、自分の最大の喜びとするようになるのだ。
>僕が今悩んでいるのは施しも癒すことのできない何ものかだ。
>僕を悩ますのは、そういったあれこれではなく、醜さでもなく、それは人々各自のなかにある虐殺されたモーツアルトだ。
サンテグジュペリ著『人間の土地』より
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