宗介自身にははじめから試練なんてなかった。

宗介は人面魚の金魚を発見して、気にいる。
いなくなった金魚が人面魚が半魚人になって戻ってきて、気にいる。

はじめから、ポニョの外見の正体を知ってる。
最初から宗介は見た目が、金魚だろうが、半魚人だろうが、人間だろうがどのポニョでも好きだった。


つきあいが短いし内面をよくまだ知らないのに、好きかどうか問われて好きと答えても、表面的なものしかまだ好きでいない。
それって愛を描く上では悲しいことだと思う。
「好きだから」で悩まずに乗り越えられてきた、子どもが自分の行動に責任が重なればいづれ「好きだから」では乗り越えられなくなる。
宗介にとっての試練はこれからだと思う。



>>試練を出したほうからすれば試練以外の何物でもないんだよ
宗介好きーで津波まで起こして、自分の姿を変えてまで追ってきたポニョは、ストーカーの話だとも思う。
それなのに宗介どころか、フジモトを初見で気持ち悪い不審者として見たリサがあっさりポニョのことを許容してしまった。
親に反対もされないのに試練とは。


命からがら逃れてきたのに、嵐の中女の子が一人外を出歩いている。
雨で見えずらかったとしても、宗介から、女の子が落ちたとも聞いていたし、半魚人の姿を一応みてしまった。
そして、その女の子が、いきなり息子に飛びついて行った。

興奮していたからというのもあるけど。
これは、とてつもなく奇怪なことで恐怖だと思う。
その恐怖の中でも、子どころか親も同時に許容できた。
普通、「本当の名前は?」「家族は?」「連絡先は?」とか身元確認のために一応聞くものじゃないかな?

被災者の大人も、災害の中、子どもだけで、船に乗っているのを見たら、保護しないとまずい。
揃いも揃って無関心と無責任な大人ばかり。


人に迷惑をかけられない、娘にも嫌な思いをしてもらいたくないという、フジモト(いわゆる一般人)だけの試練だった。
グランマンマーレは、世界が滅亡しても、ポニョが泡になっても、行動による結果だからと、その事実を親として受け入れればいいだけという感じだったし。

大人が大人としての責任を果たしていないんだよね。