彼等は人を“支配”するゲームを楽しむ特殊な人々である。
そのために嘘をつき、隙をうかがい、犠牲者を陥れることをゲーム感覚で楽しむ。罪悪感、責任感がまったくなく、何があってもサイコパスは自分の行動を正当化し、また美化する。

日本ではこの病気は全く紹介されていないので、サイコパスは野放し状態になっているのが現実である。
これは当人にとって楽しく、周囲にとってはとても苦痛な病気なので、もし皆さんの周囲に良心という心の回路がまったく欠落していて、
悪魔のような狡猾さを駆使して嘘をついたり、騙したり、約束を破ったり、責任逃れをしたりすることを常習化している人がいることを事実と認識して、その罠にはまらないようにしなくてはいけない。
サイコパスには感情がないので、傷つくという感情もないし、傷つけたという感覚もないのである。
また、サイコパスは素顔を隠すのがうまいので、次のような典型的なセリフにも注意する必要がある。

「あんたは俺に借りがある」 「君は私とよく似ている」 「あんただけは特別だ。」

では、サイコパスが持っていない“良心”とは何か?いかなる行動原理であるか。罪悪感を全く感じない心理状態における“罪”とは何か?
実はここに目に見えない重大な問題があるのだ。良心とは、可視化したり数値化したり、軽量化したりできない概念である。
また、民族、国、生活習慣によっても若干異なるであろう。
××がないから良心がないとは表現できないのである。重要なことは、自分の満足を追及するために、他人の信頼や他人の感情をまったく無視するという人格の存在である。
もっとわかりやすく言えば、人にどのくらい迷惑をかけても平気な人格が、法に裁かれるようなことまでしない限りは、堂々とまかりとおるということなのである。
その人物は感情を持っていないので、人に嫌われてもまったく平気で恥の概念もないので嘘がバレても平気だし、自分がどんなに残虐なことをしても自分を正当化して常に正しいと信じきっているのである。

こういう人物が皆さんの周囲にいたら、サイコパスの存在を疑うべきである。
目は人間の脳が表に露出している唯一の器官であるが、そういう人間は目が無気味である。
目は決して笑っていない。いかなる笑顔でも目は決して笑っていないのである。