ニュータイプは優れた観察力と認識力を持つ人間。なんだそうだ。
その認識力を戦場の空間把握みたいに捉えた誤解が富野以外のガンダムに(NT)という言葉はでないが顕著に表されてて
その代表格が「コーディネイター」だろう。もうあれは唾棄すべき勘違いだね。

逆襲のシャアの一幕だが
「でも、あの人初めてモビルスーツに乗ったときに、ちゃんと操縦してジオンのザクってのを倒したんだぜ!
 コックピットに座っただけで配線とか全部分かったって。」
「あははは、それをニュータイプっていうんだ?〜〜 ニュータイプは物とか人の存在を性格に理解できる人のことだよ」
こんな一幕がある。今のガンダムのニュータイプ像はハサウェイだよな。

で、NTっていうのは認識能力が拡大して、相性がいい相手の全てを理解してしまう。
過去も未来も、まるで親しい間柄のじゃんけんがなかなか決着が付かないのが凄くなった感じで
あの人ならこうする、きっとあの人はこうするだろう。というのが理解できてしまうもので
その究極の形がアムロとララァ カミーユとフォウみたいな物だ。

ララァの命は本当に宇宙を彷徨っているとか、そういうものではない。
アムロの中にララァの人格が余りにも明確に理解され住み着いているから、
アムロの中でまるで取り憑かれたように登場するだけで、シャアとアムロを行ったり来たりしてるわけじゃない。
機動戦士ガンダムのラストも同様で、あれはアムロが念力で語りかけているというよりも
寧ろホワイトベースのクルーに対してアムロがきっかけを送った事で相互理解に目覚めたと見るべきで
カイとハヤトが同じ環境で同じ台詞を「聞こえたか?」という所が分かりやすい。
小説でもアムロが死んだ後に皆に挨拶に来るシーンがあるが、あれもこういった理解の方が自然だ。

じゃあ、カツレツキッカがどうとか
カミーユはと考えていくと長文というか、400字詰め10枚とかいくのでこんな感じ。