カリガリの冬の日だけどさ、久々に聞いて泣きそうになったから解釈します。
飛び飛びだけど。

僕が「幸せ」を使うたびに一つ、道草を食った傷が隠れるから、
色あせた空気が僕で眠っても、立ち止まることはもうやめました。

 僕が大人になって幸せになろうとするたびに(お金を追いかけ、合理的な人間になるってことかな?)
 子供のころの道草のような無駄な、だけど楽しかった、もう色褪せてしまった
 昔の思い出をどんどん忘れていっちゃう。けどもう振り返ることはやめました。

僕の「幸せ」は悲しくて死んだ、綺麗で汚い大切だったモノ。
錆びた引き出しに深く閉じ込められた、色々な色の優しさでした。
 
 “僕の「幸せ」”とはここでは子供のころの「幸せ」。
 “綺麗で汚い”ってのは泥だらけになって遊んだ思い出ってとこかな。
 それが大人になると消えていっちゃって、昔の勉強机の引き出しの中に置いてきてしまいました。
 “色々な色のやさしさ”は思い出の言い換えかな。


めまぐるしく変わる日々をいつか見送った時に、古い屋上で少し泣いた僕は正しいと思うよ。

 めまぐるしく変わっていく大人になった自分の日々、必死に社会についていこうとすることを
 やめたとき、古いビルの屋上(自分の会社?)で泣いてしまった。
 僕はやっと人(=子供のような純粋な気持ち)に戻れたんだと思って。

あとサビは全部昔の思い出。
こんな感じだけどどうでしょうか?粗雑な文ですいません。