ラルク小川の懲らしめ方
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2005/08/17(水) 20:38:56ID:eo+wGnYN0高校卒業後は大阪でバイトをしながら生計を立てる。
(CDショップ→雑貨屋※両方とも同じショッピングモール内)
客商売には向いていないらしく、客と喧嘩することもしばしば。
万引きも何人か捕まえる。
雑貨屋では後半の2、3ヶ月は工場で流れ作業で電球などを作る。
外に、同じショッピングモール内にデッドエンドの売り上げ日本一という
CDショップでバイトしていたこともあり、デッドエンドのメンバーに出会う。
デッドエンドのライブや楽屋にも行き、楽屋でsakuraに出会う。
バイトの傍らライブハウスを廻り、メンバーを探す。
hiro:ギター。ビリー&ザ・スラッツのサミー氏の紹介
pero:ドラム。hyde:ボーカル。Zi:KILL(※yukihiroのいたバンド)のライブ中声をかけた男と
音を合わせる。2度目の音あわせの時に2人に出会う。この時すでにMATAROU(ボーカル)を
中心としたバンドが出来つつあったが、hiroと一緒に別のバンドを作ろうという話になり、
数ヶ月かけてhydeとperoを引き抜く。
(hydeが作りまた間もないバンド(「ジェルサレムズロッド」)だったので時間がかかった)
ブッキングは小川かhiro、チラシはhydeが担当。
小川がバンド名「L'Arc〜en〜Ciel」を命名。本人曰く’や〜がポイントだったらしい。
また、小川は自宅に個人用とは別に「ラルク アン シエル コンタクト」という
オフィス名で電話線を引き、私書箱を設立。(何事も形から入る小川)
1991年5月30日ファーストライブ。動員数約130人。10月には300人動員。
曲が固まってきてから、小川の意見でデッドエンドがインディーズ盤を出した、ナイト
ギャラリーからインディーズCDを出すことに決める。
レコーディング1週間前にhiroが脱退。就職活動中のkenを説得し、参加させる。
しかし、その後もトラブルがあり、小川はアルバム「DUNE」を出したくないといいだす。
すでにかかっている、広告費、レコーディング費を返せるわけもなく、シングルを発売。
しかしこれでもペイできず。負債は2〜300万。
ちょうどこの時デンジャークルーの大石社長から電話があり、大石社長が話を通し解決。
(どうやって解決したかは不明)
デンジャクルーの下で年明けから「DUNE」を録り直す。(直前にpero脱退、sakuraが入る)
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