98年5月2日の数日前の事です
結果的に最後のインタビューとなったその日彼はJにこう言いました
「JっていうかLUNASEAにはトップになってもらいたいよね、何がトップなのか
わかんないけどさ」
この言葉がJにとってあまりにも心に残った事は後にJ本人が話しています
Jは全力でSHINEを作らなかったSUGIZOや隠れながらソロ活動をしていたRYUICHI
に憤りを感じたとも言っています
Jはもともと97年に活動再開する時、メンバーの一人でも新しい「何か」を持ち
帰って来なかった場合LUNASEAを脱退するとも言っていました
ちなみにJスレが喜んだというのはJ自身の発言です
「最近(2000/11〜12)俺の所に来るメールのほとんどが終幕やったーって内容
 なんだよね、きっとみんなパイロマニアツアーの興奮が忘れられないのかな」
つってました
自分は2000年にSUGIZOと飲む機会があったのですがSUGIZOはJの事をすごく
気にかけていました(後に分かった事ですがJは音楽を辞めようとも思っていたらしい)
ますますみんなを混乱させるかもしれませんが終幕GIGの最後に手を繋いで退場
したのはJの案です