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これらの症状は、従来の医学が考えたように、けっして神経の過敏でもなければ、神経の衰弱とか意志薄弱とか、精神の変質とかいうものでも何でもありません。
これはじつは、何かの機会に、普通の人のだれにでも起こる不快の感覚をふと気にし出したということから始まり、のちにはこれを神経質の性質、つまり自己観察がつよくてものごとを気にするということから、
つねにこれを取り越し苦労するようになって、あけくれそのことばかりに執着するために、だんだんにその不快感覚が憎悪するよう になります。
のちにはそれがあたかも夢におそわれているときのように、事実でないものをその本人の身にとっては実際に重い病気にかかっているような苦悩にかられるようになるものであります。
それは神経質の患者がつねに申し合わせたように告白するところの、「他人からはまったく病気でないように見えて、ただ自分ばかりが苦しい。こんな損な病気はない」というとおりであります。すなわち実際の病気ではないということは、これによってもわかるのであります。
この私の発見は、コペルニクスの地動説にも比較することができるかと思います。 それは、従来の医学では身体の変態、異常から他動的に起こると考えられていたのが 、じつは自分自身の心から自動的に起こるということになったからであります。
この理論によって、神経質の、従来きわめて難解であったいろいろの複雑な症状が簡単に説明されて、容易に全治することができるようになりました。
この発見は、もとより私でも、けっして一朝一夕に成功したものではありません。
医者になってから二十余 年の間は、従来のいわゆる神経衰弱に効果があるといわれる物質的、精神的な療法はもとより、通俗療法、迷信療法までもやりつくしてのちに、はじめてその苦心が報いられたのであります。

「神経質問答」森田正馬/白揚社