なんか粘着君だねえ。そういう書き方されると説明したくなるなるよ。

たしかに俺の書き込みはちょっと飛躍があったかも知れない。
それで混乱させたんなら悪いと思う。

正当性について述べたのは「なぜ宣言的プログラミングが必要か」を
述べるためでであり、「なぜ遅延評価が必要か」を直接述べたわけで
はないよ。誤解させたのならすまん。

で、宣言的プログラミングには遅延評価が必要なわけだ。
いつでも遅延評価が必要なわけではないし、
遅延評価ではまずいこともある。
でも、宣言的プログラミングを実現するにあたって、
遅延評価が「不必要」ってことはない。

Haskellは宣言的プログラミングを完全にサポートしているわけではない。
しかし、そこに近づくためのひとつの実験だと、僕は考えている。
とりわけ遅延評価の重要性と問題をともに検証するための実験だと。

その点、MLはぐっと実用上の理由から設計された言語だと思うんだ。
少なくとも宣言的プログラミングを目指してはいないでしょう?

僕はこういう理解で871を書いた。
間違ったことを書いているかも知れない。
それは指摘してください。
でも、書きたかったことはこういうことです。