彼らは例えばストラテジーパタンを使えば複数のオブジェクトタイプをスイッチできるというが、そのために公開されるべきインタフェースに結局設計が縛られることがわかっていない
そうして縛られたインタフェースを(再利用するために)、クラス変数を増やし、セッタゲッタを増やし、コンストラクタをバカにするか、繁雑で不要なメソッドが立ち並ぶべきインタフェースを実装するかを迫るわけだ

確かに同一インタフェースで再利用するという目標は実現できるかもしれない
だがインタフェース設計としてゴミだということは明らかだ

スクリプト言語のライブラリのインタフェースの簡素さを見たらなんでこんなにくそなのかとしか思えなくなる

IDEが助けてくれる、長いライブラリ名も自動入力してくれる?
それは読む人の都合を無視しているよね
シンタックスハイライトはしてくれても、情報の圧縮はしてくれないわけだ

俺は本当に素晴らしいものができるんだろうと思ってたからこそオブジェクト指向のことをよく知ってるし、二度と立ち上がれないようにぶったたくことも、素直にラッパーオブジェクトを作って既存ライブラリを利用することもできるわけだ

なんでこんな不要なindirectionが必要なのか昔はわからなかったが、今はよくわかる、出来損ないのパラダイムの副産物だってことがよーくわかる