もう少し昔話をさせていただくと、HIPAC101というコンピュータは東大の後藤英一先生が
発明されたパラメトロンという素子を使ったはじめての商用コンピュータでした。
当時は、今のようなbyteが単位ではなく、wordが単位でした。それもコンピュータによってばらばら
でしたが、HIPAC101は1短wordが20bit+1符号bit、1長wordが41bit+1符号ビットの構成で
8K短word(4k長word)の磁気ドラム式記憶装置が内蔵されていました。
当時のコンピュータには、1-,2-,3-adress方式というものがあり、1-adress方式は今のコンピュータと
変わりがありませんが、2-adressは2つのaderssを同時に参照することができ、たとえば、
adress-aに1という整数が、address-bに2という整数が記憶されている場合、1+2は、
add a,b
と記述することで、結果がaccumulatorに得られ、それをたとえばadress-cに記憶させるには、
str c
というように記述しました。
3-adress方式では、a+b=cという場合は、
add a, b, c
と云うように記述しました。
もちろん任意のadressにjumpする命令もあり、正負の符号によってjunp先を指定できたりしました。
当時の商用のコンピュータメーカにはIBMをはじめ、NCR、Burrows、CDCなど有り、雑誌編集者
時代には、これらのメーカの技術者と会って、いろいろ話を聞いたものです。
コンパイラはFortran IVが出始めたころで、東大の大型コンピュータセンタに有ったHITACHIの
HIPAC-5020というコンピュータにちょっとした計算を依頼したものです。
もちろん当時は80columnの紙カードにパンチしたものを使いました。東大の場合に限らないので
すが、大型コンピュータの場合、本体の計算プログラムのカードデックの前にJobカードという
計算をコントロールするカードをつけました。
ものによっては100枚近いカードになりますから、カードの順番が一目で分かるように
カードをまとめて上部に斜めに線を引いたものです。
こうすると、カードの順番が狂うと斜線が一直線にならないので、間違ったカードをすぐ見つけ
ることができます。
パソコン出現以来のことは別に書くことにします。ながながと失礼しました