俺らが日本語を話すときにいちいち文法を考えたりしないだろ。
公式文書とか入り組んだ理屈を書くときにちょっと確かめたりするくらいだ。
合理的な理由があったとしても、メンタルモデルとかけ離れた言語は使い難いよ。

Lisp は言語の方を自分に (あるいは目的に) 合わせていける余地があるところが良い。
だけど、自分の裁量が大きいっていうのは自分の能力次第でグダグダにもなるってことでもあるわな。

Haskell は知識を体系的に表すことが強要される気がするけど、
それが使い難いと感じるのは、人の脳味噌が実際のところそんなに体系的に考えるのには向いてないってことなんじゃないかな。