なんで「界面」が流行らなかったかというと、
単純な話、字がちゃんと意味を表していないからだ

interfaceという単語は「2つの物が互いに面している」という成り立ちを持つ単語であり、
コードの仲立ちをするというプログラムにおけるinterfaceの意味も表現できる

それに対し、界面という単語はinterfaceの訳語であるものの
「2つの境界が面している」という成り立ちを持つ単語であり、
この「界」という文字のせいで、化学におけるinterfaceの訳語としては適当だが、
プログラムにおけるinterfaceの訳語としては違和感がある

カタカナ語という安きに流れるとか偉そうな事言ってるけど
意味を考えないまま直訳するのもカタカナ語を使うのと何も変わらない事が分かっていない

漢字に置き換えた時点で、表現可能な意味と不可能な意味が発生する
だから、ある訳語が作られた時代に想定していなかった意味が後の時代に付け加えられた場合には、
従来の訳語で同じ単語を訳すには無理が出る事がある
「界面」はその代表例と言っていいだろう