>>368
> 逐次的に見えるっていうか現実に逐次的だよね。

ちょっと違う。
現実のものを逐次的視点で捉えるか全体を一度に捉えるかの違いであり、
どちらが分かりやすいかは時と場合と「好み」による。
Haskell は後者の様に捉えた方が分かりやすい問題を綺麗に記述できる。

また、「一見」前者の様に捉えた方が分かりやすかった問題を、
後者の様に捉え直すことで、Haskell で扱いやすくする。

> 現実に沿った計算を、非現実的観点で一望することにどういう意味があるの?

計算Aはどのようにするのか、ではなく、計算Aとは何か、
という構造が分かりやすく(見やすく)なる。
(繰り返すが、後者の方を好む人にとって分りやすくなる)

例えばパーサーなら、X := A | B というバッカス記法をそのまま記述できる。
Aを読み取って失敗したらBを読み取ったものがXだと逐次的に捉えるのと、
XはAまたはBだと全体を一度に捉える違いだが、後者の方が一望できて分かりやすい。

分割統治も全体を一度に捉えた方が比較的分りやすい例だと私は思う。