コードを提示した目的が分からん

Haskell標準のリストは汎用性が低かったから別のを作ったって事だろ

汎用性を高める事(だけ)が目的だったのではないから、汎用性を批判するのは詭弁だ

という流れですか

汎用性は、かなり微妙な高さだと俺は思います
もし十分に高かったら、言語の取っつきにくさとか多少の犠牲を払っても使う価値があるのが明白だったわけですが、そこまで高くはない
けど低いというわけでもない