この手の話って時々出るけど、結局Cにはかなわないわけですよ。
Cをやってると、確かにいろいろな欠点、たとえば、マクロの仕様が適当だとか、staticの用途が複数あるとか、
プロトタイプ宣言がめんどくさいとか、関数のデフォルトがグローバルだとか、が目に付いて、もっと洗練された
高速な言語は作れないものかと考えてしまいがちなんだけれど、その辺を直してもしょせんは「亜流C」が
出来上がるだけで、それまでのCに慣れたプログラマが乗り換えるほどの価値のあるものにはならない。

この話は、「バイオリンは音は素晴らしいけれど、演奏の習得が大変なので、新しい技術を取り入れた
バイオリンを作ろう」っていう話に似ていて、結局こっちもうまくいかなくて(せいぜい、ピックアップをつけた
エレキバイオリンがある程度)、400年前の仕様のままで演奏している。仕様変更してもたいした効果が
ないので、放置ってわけだ。

LL言語なら速度を度外視して、配列のサイズチェックやら、継承やらなんやら好き勝手に盛り込めばいいけど、
それの真似をすればするほどCの哲学である、簡潔さ、高速さ、プログラマが書いたままに動くこと、から
遠ざかっていく。

というわけで結論:ムリ。