主観的に行う定義と、客観的に行う定義の差を学ばない奴は捨てるほど居る
他者と行う客観論では前者はあまり意味を成さないからだ。

主観的な論理と、客観的な論理でも差がある。

そもそも現実に人が行うのは主観的な考えであり、それを客観的なもので
訂正しているのが現実である。
しかし人が感じ理解し関係を築くのは客観的な他人の情報ではなく
主観的なもの(体験、体感、経験)を基本とするのであって、客観的な
知識だけでは理解へは繋がらない。
それは盲目な人に色の鮮やかさや虹の色を論理的に説明して知識として学んでも
なんの理解にはならないという現実があるから。

知らないものを理解できるわけがないだろ。万、億の言葉を並べても
それは雰囲気のみで中身のない形式的な知識でしかない。
自転車の運転を初めてやるときに何年もかけて知識学習だけで達成できる
ことはありえないってことさ。