いてもたってもいられない。
京大電気系ではPythonを教えるべきだった。
そうすれば、研究室全体での作業効率は100倍になったはずだ。Pythonの制約から、コードの可読性はあがり、平均3年というサイクルの中で、引き継ぎにかかるオーバヘッドは減らせた。
Pythonを使えば、C言語の場合より、作業効率は10倍になり、コードの共有容易性などから、全体での作業効率は100倍程度にはなった。
Pythonを使えば、もっと大きな成果を出せる。また、電気系全体で一緒くたになって取り組むプロジェクトも立ち上げることが出来る。
C言語を教えてるのは完全なる失敗である。C言語は仕様が簡単だし、Pythonを勉強していれば、C言語を勉強するのは簡単だ。逆はそうでもないと思う。
低レベルな言語を知っていれば、高レベルの言語は簡単に勉強出来るという人がいるが、それは嘘だと思う。
むしろ逆で、高レベルの言語を勉強していれば、その基底となっている言語を想像するのは簡単だ。
Pythonでも、組み込み関数などはかなりプリミティブだ。また、低レベル言語では、コードが汚いのが当たり前ということになってしまう。
Pythonならば、きれいなコードを書くように強制されていく。パフォーマンス的な要因で、そこからCやJavaに入っていくのは、さほど難しいことではない。
よって、入門者は高級言語を勉強するべきであり、電気系はPythonを勉強すべきなのだ。
せめて、Cのプログラミング講義とPythonのプログラミング講義の両方を用意するなどの対処があってもいい。
そこから、受講者がどのようなパスを通っていったかを見れば分かるはずだ。Pythonを学んだ学生の方が確実にコードを書くのが速く、効率よく研究が進められていたという実態が明らかになっていくはずだ。
まとめると、C言語は人類が生み出した負の遺産であり、大学など、将来豊かな人材を育てる場所では隠されるべき害悪である。
C言語は人間を育てないが、Pythonは人間を育てる。Pythonは高い作業効率を提供し、その結果、より入念な検証作業などが行える。
実験系であっても、データの処理はプログラミングを使う。そこでいかに速く出来るか、いかに柔軟に対応出来るかということがキーになる。
Pythonでのプログラミング講義を提供しない理由はどこにもない。