オブジェクト指向の出発点には些細なウソが含まれてて、
そのウソを突き通すために、OOPで書かれたプログラムやOOP自体が、
雪ダルマ式にファットになってる。
そのウソがあったからこそ、あることに目を瞑ったからこそ、
夢が広がったんだけれど、でも、もともとがウソから始まってるから、
物語は悲しい幕引きになる。現実逃避の産物といえるな。
OOPにあるのは生産性ではなくてエンターテイメント性だったってわけさ。