人工知能はロボット的、機械的な存在であるという考えならば
統計を取った極平均的な知能で問題はないだろう。それが無難である。

だが、強い人工知能とも呼ばれる問題解決型などが希望される人間に近い
人工知能では機械的、ロボット的な要素を否定する方向を目指している。
つまり論理だけに従う作り物、コンピュータなのでプログラム(先天的な要素)
に歯向かえない物、動的な抽象的概念を扱える物こそが理想とされている。
前者の機械的なものと、後者の生物的な域が含まれるものの2者の道が
この人工知能を研究する方向性には存在し。
短絡的な論理で物事を考える香具師には前者しか脳内に存在しえない。
後者は極端に複雑で捉えようもない仕組みになるからである。
仏教での「識」という概念ではこの世を全て語るまでの概念を示している。
識は8識か9識まであると言う。あらや識、あらま識など。
この領域の論理まで理解できなければ、人工知能の分類での後者は
説明がつかないと思われる。