>>117
>コードで語れるものはコードで語れ、というのが正しい姿勢だと思うけど。
しかし、Javaで標準ライブラリの抽象クラスを継承するのにドキュメントを参照するが、
ソースは参照しなかったりするし。

>アセンブラ以後のプログラミング言語の進化はコードの表現力の
>拡大と言っても過言ではない。クラス階層には、元の設計者の設計意図を
>*直接*記述できるという利点がある。
理想的なほどには記述できていないでしょう。
たとえばデザインパターンを使用しているのが設計者の意図なのか、
単につかってみたいだけなのかはコードだけからは判別できなかったりするし。
さらにPythonにJavaのクラス階層をもってきたところで、意図が正しく伝わるかは疑問だ。

>だいいち、コードはテストできるがコメントはテストできない。コメントは
>誤っているかもしれない。
コメントではなくてドキュメントの話だけど。
コードに意図は書ききれない。

たとえばFactory Methodパターンを使ったところで解説なしのせいで
誤解されたと>>120は理解しているようだ。

Pythonでデザインパターンを実装する試みとして、Javaのコードを移植するのは間違っていて
まずはデザインパターンが解決する問題を定義した上で、それをPythonではどのような
パターンになるかというところが大事ではないだろうか?

それが、「ドキュメントにちゃんと記述する」というパターンだとしても
コンパイラによる型チェックがないという前提ではトレードオフとして妥当なのかもしれない。