プロトタイプベースのオブジェクト指向っていうのは、ケイ(メッセージング)と
ストラウストラップ(抽象データ型のスーパーセット)だとどっちよりなのかな…
とたまに悩むんだけれども、どうにもはっきりしない。メッセージングをひたすら
強調するSELFやIoは別格として脇に追いやっておくとして、NewtonScriptや
JavaScriptなんかみていると、メッセージングっていう印象は薄い。というより皆無。
かといって「型」とかいうかっちりとしたものと相性がいいとはとうてい思えない。

そもそもSELFはケイのメッセージングパラダイムを突き詰めた結果、クラスも無用、
インスタンス変数とメソッドの区別もいらねー(スロットで統一)というシンプルさに
いきついたわけだけれども、その成果物である「フレームとスロット」による
オブジェクト表現(と、委譲ベース)という考え方だけあればよくて、メッセージングは
邪魔なモノ…として確立されたのが(今の)プロトタイプベースなのかしらん。

とか、500に言われてプロトタイプベースのことを思い出したのでつらつらと書いてみました。