quasiquoteの発明はLISPの進化を革新的に加速させた。
`(....)という表記を見たら、そのS式にはメタシンボルが含まれりゅ、
というのがすぐに判る。後はリスト中のカンマを探してけばいい。
探すのが面倒でも馴染みのリスト処理で機械的に抽出できる。
言うまでもなくquoteの発明も素晴らしいのだが、quasiquoteは
言わばレキシカルに固定化されていたS式を静から動に開放したのだ。

プ言語みたいに文字列という異物の中から$付き変数名を探すよりも
よほど自然で理にかなった作業、入出力共にリストだから出力書式
みたいな二次的であいまいな物にも縛られず、中身の形式を気にする
必要もない美しさ、完全さを兼ね合わせる。

プログラミング言語に必要なのは、プログラマを納得させつつ、
興奮で身悶える様な爽快なギミック、表現力を加速させるスピードだよ。
hygienic-macroは明らかに足枷として働く。時間の無駄だ。
Lisper、Schemerは自身のプライドに懸けて、どうでもいい雑用は
素早く完了させつつ、興味ある分野にひたすら没頭し続けなければ
ならないのだ。