マジレスすると、Rubyの言語設計の詳細をプレゼンする度に、後追いだというのを教祖は何度も認めている。
日記から辿れるスライド参照。
こっからは直に聞いた言葉だけど「Rubyはまったく『新しいもの』ではなく、評価されるとしたらそれは
『組み合わせの妙』くらいなものだろう」って。

でもその「既存の機能と価値観の組み合わせ」が、それらの起源を知らない人たち、さらに知っていても
その組み合わせ方を思いつかなかった人たちにとっては十分に「新しく」見えるということじゃまいか。
それが転じてRuby独自な価値観を生み出していたりもする(イテレータ転じてブロック付きメソッドとか)。

ウザイだろうからここらへんで。長文スマソ。