Rubyについて Part 20
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0343デフォルトの名無しさん
2006/05/16(火) 15:09:18作者が書いたコード自体には罪は無いと考えるべきだろう。
だが、FLOSS開発で最も大きい要素であるコミュニティが、
宗教の広告塔として作動してしまっていると考える。
Rubyistというドメインで、開発者本人が書いてる日記は、
Rubyにおける準公式と見なされてもおかしくはないでしょ?
開発の最先端において、Matzを含む開発者の日記というのが
色々と大きな意味合いがあるのはこのスレの過去ログを読めばわかる事。
その場において宗教の宣伝活動をしているわけだ。
日本人の考え方として「縁(元は仏教の概念)」というのは大きい。
Ruby開発の凄い人の日記だから、宗教だから・・・
という理由で影響を受ける人も少なくはないだろう。
仮にMatzがRuby開発に何の関係も無かったとして、
Matzの日記を読むか?コメントを付けるか?
純粋にRubyという言語に技術的に惹かれて、コードやドキュメントを
提供してきた人(かつモルモンを受け入れられない人)にとっては、
こういう自体は我慢がならない。
技術は、政治や宗教から中立であるべきだ。
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