新日本プログラミング総帥・日高徹氏は偉大なプログラマーだった。

新日本プログラミングは95年に創立され、当初は10人のメンバーが
在籍し、会長は当時19歳の某氏で日高氏はその後見役だった。

団体創立時は丁度、Windows95が発売されてVisualBasicやC++などの
オブジェクト指向やコンポーネント組立言語全盛の世の中だったが、
日高氏らはあえてその流れに逆らい、さらにマシン語を極めるべく
邁進し続けていた。
96年末には「ゲームマシン語・シューティング」なる書籍を発売し、
Windows時代にも、未だ16Bitマシン語は健在である事を示した。

時は流れ団体のメンバーは少しずつ減っていき、ついに日高氏は
新日本プログラミング総帥に就