let t = 関数型プログラミング言語ML 2
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0328デフォルトの名無しさん
NGNG>お逝きなさい!関数適用が f x y という形であるので単項と二項の区別が
>どうしても必要なのだ。
逝かないのね?どうしてもこのレベルから先に逝かない。
せめて、ttp://www.r.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/~nakagawa/infoDB/dvildic.html
この程度の陳腐なユーモアも無いのね?(藁藁)
OCamlにおいて何故チルダ~がマイナス単項演算子として
使用されているのか?チルダである必然性は何か?と
問われれば、当然「必然性は無い。」が正解でしょう。(藁)
何故必然性が無いのか?第一に考慮すべきはチルダ以外でも
マイナス符号でも言語実装としては可能である。これでしょう?
>単項と二項の区別がどうしても必要なのだ。
こんなものは言語実装にとって何の障害にもならない。
ファインマン計算機科学でプログラミング言語レベルから
ハードまで13層の階層があることを勉強されたでしょう?
つまり、プログラミング言語レベルはHumanInterfaceなんです。
例え関数がカリー化されようが、何されようが、実装に不可能は
無いのです。まずそれがピンと来るべきであります。
言語実装に不可能が無いにも関わらず、何故このような多様性が
生じるのか?これは日常言語の語彙とは違います。例えば「文化」、
中国語でも同じ「文化」です。しかし意味は歴史や風土から当然
違っております。日本は文化祭のイメージ、中国では文化大革命の
イメージ?かどうかは分かりませんが少なくとも、裸踊りが中国では
顰蹙を買うのであります。
しかしコンピュータ言語の意味は一意であります。ハード(物質)レベルで
同等であります。それにも関わらず何故語彙を敢えて変化させるのか?
このような疑問がどうして問われないのか?
>問うことは、それを問いうる、問うべき、とみなした
>ということにおいてすでに、問いの存在を認めない者たちとは
>違う認識水準を示してしまうことになる。
とまあ、本日はこれまでに致しましょう。(藁藁)
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