目的物を達成するために言語の指向が存在するのは確かだが、
もっと重要なのは人間自身が楽することでわ。
指向が仮にビューティフルでも、ユーズフルじゃない時だってあるじゃんかさ。
そういう指向が腐ってる、ってばっさり切るのは簡単だが、
代案はすぐには生まれんでしょ。

だから、逃げ道があるなら指向に因われるのは損だとおもう。
ナニナニ指向言語、っていう大看板の言語でも、
実際は逃げ道的仕様が用意されてる場合も多々あると思われ。
粘着してすまん。