もともとは
・gotoはどんな風にでも使えるから分かりづらい使用法が氾濫して困る
・順接、反復、分岐で構造化プログラムは書ける。だからそれぞれ専用の
ステートメントを用意すればあとはgotoいらない。
という2説があったわけだろ。
ifとgotoしかない処理系でも、順接、反復、分岐のみの目的でgotoを
使えば、それは構造化プログラミングと言えるだろう。forとか
専用のステートメントを備えるのは構造化の十分条件であって必要
条件ではない。
ただそうは言っても、gotoはそれ以外の使い方もできるのは事実なわけで
経験地足りてない人は知らずにそんな使い方をしてしまうだろう。
そんなgotoは、意図するところが千差万別になるわけだから、まず
書いたやつの意図をコードから読み取らないといけない。
それが面手しがたいという現象だと、今考えた。抽象的だが。