追記。
その「私」だが。
その時点での完成をみたのだから、
その次の瞬間からの、あらゆる事象には対応できないだろう。
「私」は完全なものであるが故に未知を受け入れることができない。
よって未知なる物を「未知である」と認識することが不可能である。

尊大な言葉で自分を覆い隠しても、気づかないということにより結局損をこうむるだろう。
「私」はそのまま行くだろうが世が流れていることを忘れている。
柔軟にやっていくには未完成は必要なのだ。