>>398 の oldcobolerさんの発言から引用します。

私はアンチCOBOL派なのですが、
> このスレに出て来るアンチコボラーはコボラーはこうであるはずだという
> 強固な思い込みとそれがCOBOLによってもたらされているという考えから逃
> れられない頭の硬い人達です。

これには同意します。
では、なぜそうなるのか。についてですが、アンチCOBOLの人間というのは
単純に「古いから嫌い」なのではなく、
「もっと簡単でいい方法が山ほどあるのにさー、なんで俺がCOBOLなんてやらなきゃいけないわけ?」
という言葉を何百回も繰り返し、もはやCOBOLというものを完全に嫌っている
状態にあるのだと思います。
ですから憎しみの対象のCOBOLerも、自分の身近にいたCOBOLer像なのです。

ちなみに私の場合のCOBOLer像ですが
・自動化しない(機械で処理できる作業を何回も人間が繰り返す)
・「なぜこの処理をCOBOLでするのですか?」という質問に対して
「んー、大量のデータはやっぱりホストでCOBOLじゃなきゃね」と即答する。
(コンピュータの計算速度は、おそらく人類始まって以来の急激な技術革新によって日進月歩で向上しています。数字もなしに10年、20年前の常識をいつまでも常識だと思わないで下さい。)

というような人達でした。
私もこのスレと類似スレで「COBOLerバーカ」的な発言を繰り返していましたが、おちこぼらー氏や名無し三等陸曹氏あたりは、私のイメージしていた
COBOLerと違うのではないかと思い、最近はこのスレではそういう発言はしてません。

でも、私は気づいて欲しいんです。
若い芽が、つぼみをつけようとしているのを邪魔している物があるんだって。

COBOLerの皆さんが若い頃学ばれた知識、長年の経験が私みたいな若造に
「もう役に立たないよ。」と一笑にふされるのは腹立たしい事かもしれません。
(いや、そうでしょう。私も同じ立場ならハラワタ煮え繰り返ります。)
この理由は先ほども書いたようにコンピュータが凄まじい速さで進歩している
からで、一種の異常事態でしょう。
でも福沢諭吉を思い出してください。
蘭学を必死で学んだ福沢諭吉は、時代の流れが英語に移っていると知ったら
後輩達の為に、日本の未来の為に、必死で英語を勉強したのです。

COBOLerの方々は、もう一度だけ、「本当にCOBOLでいいのかな」と考えてみてください。
私の願いが、本の少しでも届いたら幸せです。